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ゲーム業界をマーケティング視点で読み解く

ゲームを義務教育で教えたほうがいい理由

education

photo by Sean MacEntee


 2018年に世界保健機関(WHO)による「国際疾病分類」が改定されて、その中に「ゲーム障害(Gaming Disorder)」なるものが入るらしい。


gendai.ismedia.jp


 精神障害の一つとして認められることで、例えばカウンセリングを受けるといった医療行為に保険がおりるかもしれない。延いてはゲームを“適度”に遊ぶ文化が生まれて、健康的で活動的な人が増えるかもしれない。知らんけど


 美馬医師の記事にあるように、「ゲーム障害」をはじめとした依存症に対しては医学的治療の適用範囲は限定的だ。薬や手術ではなく、患者同士がコミュニケーションをとって依存症からの脱却を図る「断酒会」のような手法が一般的。


 なんだけど、「ゲーム障害」なる精神障害分類が生まれて一番厄介なのは規制をつくろうと躍起になる人が出てくることだ


 ただでさえゲーム脳とか、暴力的なゲームが銃乱射事件をおこすとか、都合の悪い社会現象を叩きやすそうなゲーム業界に押し付ける人がいつの時代にも後を絶たない。


 「ゲーム障害」なる曖昧な精神障害分類を拡大解釈し、子供の学力低下、暴力事件などに強引に紐づけて、ゲームのパブリッシング時にいちゃもんを付ける規制や機関がうまれてもおかしくない。こんな規制や監督機関が生まれてもゲーム業界にとってうれしいことは何もない。1930年に導入されたヘイズ・コードがアメリカの映画産業にどんな(悪い)影響を与えたかを思い出そう。


 どうせやるなら治療ではなく予防をすればいいんじゃないかと思う。ゲームの遊び方を義務教育で教えるのだ。


 そもそも日本の家庭用ゲーム、アプリゲームなどを含めたゲームのプレイ人口は4,400万人。小さい子供から老人までなんらかの端末でゲームをプレイしている。他の依存症分類されているアルコールやギャンブルとは比べ物にならない人口が存在する。


 日本の子供は小学校に入る前からニンテンドーDS3DS・New 3DSなど含む)を一人一台保有し、インターネット回線につなげ、オンラインでゲームをプレイする。ニンテンドーDS保有率は11歳でピークとなり、男女ともに50%を超える。


 子供は一切の前知識のないままに、ネットに飛び込み、スプラトゥーンポケモンを遊び始める。親が「止めなさい」といっても聞かない。親もゲームのことをよくわかっていないので、「やるかやらないか」の選択肢しか示せない。


 ここで義務教育の出番だ。

 
 ゲームをプレイする前に、ゲームの歴史を教え、ゲームで使われているテクノロジーを教え、ゲームのジャンルを教え、ゲームが人間社会に与える影響力を教える。


 ゲームをプレイする時も、RPGなら町の人の話をよく聞くとか、FPSなら状況判断がいかに大事であるかとか、格闘ゲームならゲーム理論に触れながら報酬が最大化するように次のコマンドを決めろだとかを教える。いやまあ例えばだけれど。


 学習の範囲にゲームの依存性や健康に対する影響といったことも含めればいい。ただ「依存は良くない」「ゲームは悪だ」ではなくて、ゲームが人に対してどのような影響があるのかを科学的に教えればいい。


 ゲームに関する文化的、技術的、社会的、医学的な側面を教えれば、ゲームを通じて義務教育の他の学習内容に対する興味が広がるかもしれない。偉い人いわく、学んだこと同士をつなぎ合わせることで学びは更に深まるのだ。


 ゲームは映画と同じく総合芸術だ。そして芸術には良い面も悪い面もある。それらをぜんぶひっくるめて学んでいくのが教育ってもんでしょう。


 とにかく依存云々の話は置いておこう。そしてゲームがどのようなものであるかを義務教育で学べるようにしよう。


 話はそれからだ。