「スポットライト 世紀のスクープ」はたった4人の新聞社取材班がカトリック教会という巨大権力に挑んだ物語
2002年1月6日、マサチューセッツ州ボストンの日刊紙「ボストン・グローブ」はカトリック教会がジョン・J・ゲーガン神父による男児性的虐待を隠蔽していたことを暴く記事を発表した。この記事はカトリック教会のスキャンダルをすっぱ抜くスクープであり、アイルランド系つまりカトリック教徒が数多く住むボストンの住人は衝撃を受けた。最も身近な存在である神父が、最も立場の弱い子供を虐待していたという事実に。
記事を読んだ映画プロデューサーのニコール・ロックリンとブライ・ファウストは、「ボストン・グローブ」の取材班「スポットライト」チームに興味を持った。全世界で巨大な権力を持つカトリック教会の不祥事を暴いたこのチームは一体何者なのか。性的虐待はボストンのみならず、全世界のカトリック教会に広がっていた。地方の新聞社の小さな取材班のたった1本の記事が教会という絶対権力の腐敗を明るみにし、世界の常識を変えたのである。
2009年にロックリンとファウストはスクープにまつわる映画化権を取得した。彼らは映画制作運営会社のアノニマス・コンテントに企画書を送り、制作をスタート。映画が公開されたのは2015年で、アカデミー賞も受賞している。
エンターテイメントの役割はたくさんあるし、これが本質だといえるたった一つの役割はないけれど、「ある事実を広く世間に認知させる」という役割はとても重要だ。「不都合な真実」は地球温暖化の深刻さを、「シンドラーのリスト」はホロコーストにおける非人間的な行為を、「シン・ゴジラ」は指揮系統が複雑化して国家の危機に対応できない官僚主義を世間に広めた。
本作を観て、子供に対する性的虐待を描いた韓国映画「トガニ 幼き瞳の告発」を思い出した。ろうあ者福祉施設において教員による性的虐待が起きた事実をもとにした小説をファン・ドンヒョクが更に映画化。映画公開前は、事件に対する国民の関心は低く、教員たちは実刑を逃れて社会復帰していたが、映画が大ヒットしたことで、韓国中で再捜査や厳罰を求める声があがった。この気運をうけて韓国政府は障害者の女性への虐待に対する罰則の厳罰化や障害者や13歳未満への虐待に対する公訴時効の撤廃を定めた『トガニ法』を制定することになる。
「スポットライト」と「トガニ」が世界の常識を変えるほどのメッセージを持つに至った源泉は徹底した事実調査だ。
「スポットライト」においては、カトリック教会の腐敗を暴いた実際の取材班と、その取材班の記者に綿密にインタビューして脚本を練り上げた映画制作者たち、両方ともに事実調査を徹底して行っている。被害者にインタビューをし、データを調べ、裏を取り、権力によって封印された事実に何度も何度も斧を振り下ろすことで得た膨大な事実が、人を納得させ、感動させる力をまとう。
「ボストン・グローブ」は事件に関連した実際の記事をWEBで公開している。2002年1月6日の記事を皮切りに「スポット・ライト」チームは600本近い虐待記事を掲載した。
「スポットライト」の劇中、マイケル・キートン演じるロビーはスクープの発表に焦る記者に対して何度も「この事実は個人的な事件にしてはならない。システムの構造に腐敗があり、それを暴かなければならない」と強調する。取材のきっかけはゲーガン神父の男児性的虐待だったが、取材をすすめる中で、性的虐待は「神父は結婚してはならない、性交渉してはならない」というカテキイズムが生み出した構造的欠陥であることが分かってくる。
ゲーガン神父事件は特殊なものではなく、巨大な“悪”の表象に過ぎないと分かった後、映画がドライブしていく演出は見事としか言いようがない。物語が走り出し、文字通り、記者たちも走り出すのだ。(主にマーク・ラファロが)
新聞記者を描いたエンターテイメント作品はどれも大好きなのだが、この作品は一級品。
映画を観た後、すっげぇ仕事がしたくなる、そんな社畜映画としてもおすすめだ。