ベンチャーにとってブランドとは何か
flic.krphoto by Rita Willaert
頼もうとおもっていたデザイナーとの契約がダメになってしまった。原因は色々あれど、一番大きな要因は「デザイナーに何を依頼しなければならないのか」を良く分かっていなかったことにある。どこまでがデザイナーの仕事で、どこまでが経営者の仕事なのか。テーマカラーを決めて、ロゴを決めて、はい完成、とならないところに、デザインの難しさがある。
デザインについて勉強しようと思い、BNN社から出版されているデザインのガイドブックのような本を買った。

Brand Identity Rule Index - CI&VIデザイン、新・100の法則
- 作者: Kevin Budelmann,Yang Kim,Curt Wozniak
- 出版社/メーカー: ビー・エヌ・エヌ新社
- 発売日: 2011/06/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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最初のページをめくって愕然とする。書かれているのは氷山の絵。水面から出ているほんのわずかな部分に"Logo"、水面下にある大きな部分には"Brand"と書かれている。絵が訴えているのは、表面に見えているロゴや装飾は、奥底にあるブランドを体現したものに過ぎないということだ。会社が掲げるブランドが、デザインを生み出す軸になる。
自分の会社のブランドというものについて、深く考えたことが無かった。しかし、経営者の仕事としてデザイナーに伝えなければいけないものは、このブランドである。
ブランドとは何か
ブランドについて学ぶために買ってきたのは、デービッド・アーカーによる本だ。アーカーはマーケティングにおいてブランドが果たす役割の大きさを世に広めた先駆者的な経営学者である。

- 作者: デービッド・アーカー,阿久津聡
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2014/09/27
- メディア: 単行本
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アーカーによれば、ブランドとは"組織から顧客への約束"である。顧客が製品やサービスを通じてブランドに触れ、体感することで、顧客と会社との関係が生まれていく。この関係を作るという役割を果たすがゆえに、ブランドは資産である。
ブランド価値を査定するインターブランドによると、ブランド価値が400億ドルを超えるブランドは7つある。(アップル、グーグル、コカ・コーラ、IBM、マイクロソフト、GE、マクドナルド) そして、ブランド価値が事業価値に占める割合は、会社によって幅はあれど、大きなところでは60%を超える。(ジャックダニエル、コカ・コーラ、バーバリー等)
ブランドとは、勝手に出来上がっていくものではなく、綿密なマネジメントによって創り出される。顧客がアップルに感じる計り知れないブランド価値は、製品のみならず、製品用の箱、陳列するための店舗、新製品発表イベント等、あらゆる企業活動によってデザインされている。あらゆるアップルの企業活動を通じて、顧客はアップルのブランドに触れ、体感し、深い関係を築いていく。
ブランドの価値は、市場で自社を他社から差別化することではなく、新たな市場を創り出すことにある。ダイソンの扇風機は、"デザイン性が高いインテリアとしての扇風機"という新しい市場を生み、大ヒットした。無印良品は、無印ブランドを付したあらゆる生活雑貨・家具・食品を販売し、他の小売業者とは全く異なる市場を創り出している。
ブランドは、市場を創り出し、独占するための源泉だ。市場を開拓した企業は途方もなく大きな競争優位を築く。そして、競争優位は何年も持続する。企業がブランドを適切にマネジメントし、アップデートし続けられれば、顧客との盤石な関係を保つことができる。
ブランドを構築するプロセス
アーカーによれば、ブランドを構成する要素は以下の通りだ。
- ブランドビジョン: 顧客にこう見られたい、思ってもらいたい、という到達点。
- ブランドエレメント: ビジョンをつくるために、顧客に約束すること。ブランドビジョンから連想される属性、機能的便益、利用法、ユーザーイメージ等。
- ブランドエッセンス: ブランドビジョンを表すフレーズ。
これらの要素を理解するために、企業の掲げるビジョンを参照するのが手っ取り早いのだが、ややこしいのは企業によって使用している用語が違うことだ。ブランドビジョンといったり、ミッションといったり、使命といったり、目標といったり、バリューといったり、同じ言葉が本当に同じ意味を指しているのかが定かではない。
筆者は大学時代、広報の理論を学ぶ授業で"会社で大事なのは~Vision! Mission! Value! Vision! Mission! Value!"とぁゃしぃ宗教のように連呼させられたが、最後まで何がビジョンで何がミッションで何がバリューだかを覚えられなかった。
さておき、Webを漁り、わかりやすいなと思ったのはJINSだった。
JINSの掲げる事項をアーカーの用語に当てはめると、以下のようになる。
- ブランドビジョン: "いつもと世界が違って見える。JINSは、そんなきっかけを人々に提供したいと願う。人々の生き方そのものを豊かに広げ、これまでにない体験へと導きたい。だからこそ、私たちはメガネのその先について考え抜き、「あたらしい、あたりまえ」を創り、まだ見ぬ世界を拓いていく。"
- ブランドエレメント: "高品質、その先へ"、"適正価格、その先へ"、"速さ、その先へ"、"新しさ、その先へ"
- ブランドエッセンス: "Magnify Life"
ページも綺麗だし、分かりやすい。動画も良くできている。
他にも、グーグルの会社理念が整理されていて、興味深い。何より、"世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする"というエッセンスがカッコいい。
Google が掲げる 10 の事実 – 会社情報 – Google
ブランドを形成するために必要なものは、キャッチ―な1フレーズだけではない。東芝の"Leading Innovation"も、大塚家具の"幸せをレイアウトしよう"も、エッセンスでしかない。その裏には、目指すべきビジョンがあり、そこに到達するため顧客への約束(エレメント)がある。
ベンチャーにとってブランドとは何か
長々とブランドについて書いてきたが、資本金数百万円の弱小ベンチャー企業に果たしてブランドが必要なのか、という問題がある。大企業と違って、ブランドをマネジメントするための人的・金銭的予算の乏しい企業が、ブランドなどとたいそれたものを掲げていいものだろうか。
筆者は掲げてよいものだと思う。むしろ、ブランドしか掲げられるものがないのがベンチャーではないかと思う。
確固たる技術と知的財産をもって始めるものづくりベンチャーならいざ知らず、ITサービスを始めようというベンチャーは、市場で生き残るための競争優位に乏しい。一見よさそうなビジネスモデルも、どこかの誰かが考えているかもしれないし、もしうまく行ったら、別の企業が参入してきて、一瞬のうちに淘汰されていく。
筆者が参入しようとしているクラウドファンディングにしても、最終更新日が2年前といった夢破れたサービスがごまんとある。
そんなビジネスの戦場で、弱小ベンチャーが作り上げなければいけないのは"うちなら必ず成し遂げます"という顧客への約束であろう。アーカーの定義によれば、この約束がブランドに他ならない。
顧客との約束を果たし、信頼を勝ち取り、良い関係を築いていければ、ベンチャーは生き残れる。ブランドはベンチャーが競争優位を生み出すための唯一の源泉である。
筆者は目下、自分の会社WikiPlanのブランド構築計画書を作成中だが、エッセンスだけはもう決まっている。
"人類のあらゆるプランにチャンスを与える。"
グーグルみたいに、でっかく行こうぜ。