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硬貨と紙幣は無くなるか、あるいは電子ドラクマ復活シナリオ

odd stonesflic.kr photo by Jos van Wunnik


EUによる金融支援の条件として財政緊縮策を受け入れたことで、一旦の収束を見たギリシャ危機。合意前はギリシャのユーロ圏離脱の可能性もあり、ヨーロッパ統一通貨の制度の瓦解の様相を呈していたが、それも収まってきた。


経済学者等は、ギリシャがユーロを使用し続ける限り、能動的な金融政策を実施できず、ジリ貧状態に陥ることを指摘している。例えば、ユーロを離脱してドラクマを復活させれば、一時的にハイパーインフレという困難を来すものの、債務は目減りする。また、マネー量をコントロールする金融政策を打てるようになるため、景気回復策の幅が広がる。


財政緊縮とインフレの何れが国民にとっての負担が大きいかの判断は難しいが、国の未来を思えば、金融政策という強力な武器が手に入るドラクマ復活シナリオは、たった一つの冴えたやり方だったのかもしれない。


ドラクマ復活を拒んだのは、EU各国(特にドイツ)の反対意見に加えて、ギリシャの通貨発行能力であった。ギリシャ財務相曰く、紙幣を発行するための輪転機を解体してしまったため、ドラクマを再度流通させることは不可能だと言う。


また、新たな通貨をデザインし、発行し、国の隅々まで流通させるには6か月~2年程のリードタイムを要するとの試算もある。


しかし、ドラクマ復活に6か月~2年のリードタイムも必要なのだろうか。輪転機を作り直して、国に流通させるのに、そこまでのコストが必要なのだろうか。そもそも、ドラクマに移行するために、実体のあるマネーを発行するという作業が必要なのだろうか

実体のないマネー


国に流通しているマネーの大部分は実体を持っていない。例えば、アメリカ全土に流通するマネーのうち、紙幣・硬貨で保管されているのは僅か10%だ。額面の殆どは銀行の口座残高に記録されているだけである。


日本でいえば、お財布携帯、交通系ICカード、小売店ICカードといった電子マネーが発達しており、多くの実体のないマネーが流通している。


実体のないマネーに銀行システムや電子マネーシステムといった高度に発達した社会・IT技術が必要かと言えば、そんなことも無い。


例えば、太平洋に浮かぶ人口数千人の小さな原始的な島で、高度に発達したマネーシステムが存在したと言えば驚くだろうか。


島の名前はヤップ島。この島で取引されている商品は魚・ヤシの実・ナマコだけだ。


島では"フェイ"と呼ばれる石の通貨が流通していた。と言われると、


「ああ、なるほど。原始的な文明にありがちな、貝とか牙といったもので出来た通貨と同じだな」


と思われるかもしれないが、そうではない。驚くべきは石貨の"フェイ"が巨大なのである。小さいもは30cm程、大きいものは4mにもなる。家から運び出すには大人数人が束になっても苦労する。


では、取引の度に人が集まって"フェイ"をわっしょいと移動させるのかと言えば、そうではない。


何せ、島一番の金持の家の"フェイ"は海の底に沈んでいるのだ。 移動させられるわけが無い。


取引の際に"フェイ"が交換されることは殆どない。島の人々が取引で発生する債権・債務を帳簿に記録し、相殺・繰り越しを繰り返すことでヤップ島の経済が回っていたのだ。"フェイ"という実体のあるマネーはあれど、大方の取引は信用により成り立っていたのである。


ヤップ島のマネーシステムを知った大経済学者ケインズが、


「ワイらの金本位制度よりも発達してるやん…」


と嘆いたとかなんとか。詳しくはフェリックス・マーティンの『21世紀の貨幣論』を読んでほしい。


21世紀の貨幣論

21世紀の貨幣論

信用が保証されれば、実体なんて


硬貨や紙幣は、マネーではなく、取引時の利便性のためにマネーを実体化したものに過ぎない。


ヤップ島の例のように、取引はマネーという実体かなくても成立する。債権・債務が帳簿に持続的に記録され、不正なく決済されれば、マネーの実体はいらないのである。


ギリシャの例で言えば、ドラクマ復活に硬貨も紙幣も必須ではない。取引の債権・債務金額を記録できる帳簿があれば事足りるのだ。


ギリシャ政府保証のICカードと読み取り端末をばら撒いて、銀行の口座残高をICカードの残高に移行すれば、ドラクマは簡単に流通するのではないか。他国で使われている電子取引システム、例えば日本のSuicananacoといった非接触規格をギリシャに売り込めば、(EU圏との関係が悪化するという政治的な理由は置いといて)、日本にとって良い商売になったかもしれない。もちろん、ギリシャ政府へのシステム代の請求はユーロ建てにしとかなければならないが。


新しい通貨を導入するために通貨発行コストがネックになるのはナンセンスだ。電子取引・決済の発達した技術をもってすれば、実体のないマネーを容易に流通させられる。必要なのは取引主体である個人と、マネーを発行する政府の信用だけだ。


国を信用できず、金融システムも未発達のケニアでは、携帯電話会社の通話時間が通貨の代替品として流通している。ヤップ島と同じく、既存のインフラが無い国のほうが、革新的なシステムへの移行に躊躇が無い。


目に見える硬貨や紙幣はマネーそのものではない。


そして、硬貨や紙幣といった物理的な実体は、社会・IT技術の進歩に伴って、徐々に、その姿を消し始めている。