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『 シェフ 三ツ星フードトラック始めました 』 マーベル・スタジオを飛び出して撮りたい映画を撮ったら名作になった

シェフ 三ツ星フードトラック始めました(初回限定版) [DVD]


アメリカ全土をフードトラック(日本で言う屋台)で旅するシェフの物語。


監督は『アイアンマン』シリーズで有名なジョン・ファブロー。


『シェフ』はファブローが『アイアンマン』シリーズで味わった栄光と挫折をフィクションに焼き直し、自分の主張したいことをぶちまけた映画だ。


主人公のカール(演じるのは監督のファブロー自身)はロサンゼルスのレストラン"ガロワーズ"でシェフとして働ている。独創的なアイデアで料理を作り、キャリアを積んできたが、ガロワーズのオーナーはカールの料理には目もくれず、今までの定番メニューを作れと命じる。


カールが、


「うちはマンネリだ、創造性がない。ワンパターンのメニューを5年も変えてない」


と言うと、オーナーは、


「それでも儲かってきたんだ。新進気鋭のシェフだか知らんが、お前の"臓物"を使ったメニューなんて一皿も売れなかったじゃないか」


と返す。


ある日、レストランに大物の批評家がやってきた。カールは新しいメニューを提案するが、オーナーは無碍なく却下する。そして案の定、オーナーが作れと命じた定番メニューは"客に媚びている"と批評家に酷評されてしまう。


この件に怒り狂うカールはTwitterで批評家に罵るようなコメントを送りつける。本人はダイレクトメッセージを送ったつもりが、ただのリプライ機能を使ってしまったため、二人のやり取りが批評家のフォロワーによって拡散され、またたくまに大炎上。結果、カールがガロワーズを辞めてしまうところから物語は動き出す…。


これはそっくり、ファブローがマーベル・スタジオで味わった話だ。


ファブローが監督を務めた『アイアンマン』は、重厚なストーリーと細やかなSF設定、不遜だが憎めない主人公の魅力が発揮され、大ヒットした。


マーベル・スタジオは『アイアンマン』を皮切りに、様々なマーベルヒーローの映画、更にこれらのヒーローが一同に介する『アベンジャーズ』の製作を開始した。


『アベンジャーズ』の監督は、このシリーズのゴッドファーザーでもあるファブローが務めるはずだった…が、そうはいかなかった。


『アイアンマン』の続編、『アイアンマン2』の監督をファブローが引き受けたのだが、マーベル・スタジオが後の『アベンジャーズ』の宣伝になるように物語を構成してくれとディレクションに再三口を挟んだ。クランクアップを急がされ、脚本も充分に練ることができなかった。


結果、『アイアンマン2』はファブローの撮りたかった映画にはならず、興行的には成功したものの、ファンからは酷評された。


この一件でファブローとスタジオの関係が悪化し、結局、後の『アイアンマン3』、『アベンジャーズ』共に彼がメガホンを取ることはなかった。


主人公カールが自分の料理に口出しするオーナーと袂を分かつのと同じように、ファブローはマーベル・スタジオを飛び出して、独立系の製作会社で映画を撮った。それが『シェフ』だ。


『シェフ』の世界に戻ると、カールは自分がシェフとしてキャリアをスタートしたマイアミで、フードトラックを始めた。オーナーは自分自身。息子とガロワーズ時代のアシスタントと三人で、ロサンゼルスに向かいながら、自分が本当に良いと思う料理をお客に振る舞う。


鉄板でこんがり焼き目をつけたパンに豚肉のスライス、ハム、ピクルス、チーズを挟んでつくるキューバサンドイッチ。生地を油で揚げてたっぷりの砂糖をまぶしたベニエ。釜で外をこんがり、中をジューシーに焼き上げたフランクリンBBQ。


カールが色々なしがらみから解放されてつくりだす料理は、細やかで、色とりどりで、観ているとお腹が減って仕方がない。


カールが丁寧に素材を扱い、調理をする幾多のシーンは、


「俺もこんな風に丁寧に映画を作りたかったんだ ! 」


という叫びのようだ。


独立系の映画といっても、出演者は豪華極まる。ガロワーズのオーナーはダスティン・ホフマンバーテンダースカーレット・ヨハンソン、そしてフードトラックを提供してくれるのが『アイアンマン』でトニー・スタークを演じたロバート・ダウニー・Jr。(カールの元妻の元旦那というややこしい設定) これらの豪華キャストが回りをがっちりと固める。


本記事では触れなかったが、カールのサクセスストーリーと平行して織りなす息子との物語もとても良い。けなげで死ぬほどかわいい息子と親父がフードトラックで旅行しながら、段々と心を通わしていく。最後のシーンは涙なくしては観られない。ああ、Vineの動画ってこんなにも感動的にもなるんだな、と思わせてくれる。


『シェフ』は、泣いて笑って、そして観終わったらサンドイッチが食べたくなる、そんな映画だ。