コンテンツは定額化する
NHKがテレビとネットでの同時配信を開始するに伴い、テレビを持っていない世帯に対しても料金を徴収することを検討しているようだ。
コンテンツを見ない人に対して何が何でも徴収しようとするNHKに対して、"見ない自由"もあると主張する人も多い。地上契約なら1,260円、衛星契約なら2,230円である(共にクレジットカードまたは口座振替払い・2か月払額の金額)。これを税金の一種で仕方がないととらえるか、押し付けだととらえるかは、NHKのコンテンツに対する好感度によるだろう。『あまちゃん再放送いえーい!』とかツイートしている人は粛々と料金を支払っているに違いない。
NHKのようなコンテンツに対して定額料金を徴収する収益モデルはネットの進化と共に一般的になってきた。ネットフリックスやHuluといった定額制のストリーミングサービスが1作品あたりいくらで徴収するレンタルサービスを淘汰し、レコチョクが運営する定額制の配信サービスが若い世代の音楽消費の形を変えていく。ニコニコ動画のプレミアム会員数は200万人を超えた。今や、家計におけるコンテンツ消費の支出はガス・電気といったインフラ費用の支出にも等しい。
ブランドと信頼
ユーザーがこれらのサービスに定額料金を支払い続ける要因は何か。それはサービスのブランドに対する信頼だ。このサービスであれば面白い動画が見られる。好きなアーティストの楽曲が聴ける。定額料金制のサービスに要求されるブランド力は、1コンテンツ当たりに支払が発生するサービスの比ではない。
例えば新聞だ。毎日配布される新聞は未だ多くの人にとって主要な情報源である。そこから得られる情報が充分に信頼され得るものか。また、自分の思想にあったものか。そういった要因を熟考した上で、購読する新聞が選択される。
ブランドへの信頼はユーザーがコンテンツを選択する手間を削減する。無論、オンデマンドのサービスに定額料金を支払うということは、選択可能なコンテンツへのアクセスを増やすということに等しい。だが、ユーザーは多くの候補からコンテンツを選択するサービスよりも、より厳選されたコンテンツを提案してくれるサービスを利用したいと考える。例えば、より多くの楽曲を提供するソニーのMusic Unlimitedはサービスを終了し、懐メロやアニソンといった厳選した楽曲を提供するdヒッツがユーザー数を伸ばした。
必要なのは、配信サービスがコンテンツを厳選し、ユーザーの選択の手間を削減すること。その選択の対価としてユーザーは定額料金を支払う。定額料金サービスは、コンテンツ消費の選択肢が増えすぎたユーザーにとって、選択の苦悩からの避難場所ともいえる。
信頼の矛先
以前、個人・組織を支援するためのWebサービスが普及し、現代におけるパトロネージュが活性化してきた旨の記事を書いた。
この記事の中で、メルマガやオンラインサロンといった"知名度・ブランド・信頼を駆使して、パトロンに対して長期間資金を拠出させ続ける仕組み"が広まりつつあると書いたが、これらのサービスも定額制だ。そして、これらのサービスが上述のオンデマンドサービスと異なるところは、コンテンツ提供者に対して直接的に料金が支払われることである。
ユーザーの究極的な選択の放棄はコンテンツ提供者のファンになることだ。ファンになるということは、(程度の差こそあれ)他のあらゆる選択肢を除外し、好意をもった対象に資源(時間・カネ)を集中することである。ファンになる対象が狭ければ狭いほど、集中率は高まる。ラブコメが好きというユーザーに残された選択肢は多いが、俺ガイルが好きでたまらんというユーザーに選択肢はない。
メルマガやサロンといった個人が信頼するブランドに定額料金を支払うサービスは更に普及するだろう。今のコンテンツサービスは選択肢が多様過ぎるため、資源が集中化されない。そして、ユーザーはそれを好ましく思っていない。選択は煩わしいと思っている。
これから、個人や組織といったレベルのコンテンツ提供者に対して資源を集中化するサービスが望まれる。選択肢は少ないが、その少ない選択肢に対して、より深く、長く付き合える仕組み、コンテンツ提供者に対する信頼を仲介する仕組みだ。
ネットは選択肢を限りなく拡大したが、キュレーションサイト等がその拡大した選択肢を取捨選択し、整理する役割を果たすようになった。
資源を集中するサービスは、その取捨選択を更に進めるものであり、キュレーションサイトを更に進化させたものだといえる。
パトロンの時代、そして定額コンテンツの時代へ。
ネットサービスの進化により、ユーザーとコンテンツ提供者の関係は大きな変化の中にある。