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なぜ『ロンギヌスの槍を月に突き刺すプロジェクト』は失敗したのか

Full Moon at Perigeeflic.kr


ロンギヌスの槍を月に刺すプロジェクト』(以降、槍プロジェクト)のクラウドファンディングを用いた資金調達が失敗に終わった。目標額1億円に対して、出資金額が約5,500万円しか集まらなかったため、計画自体が中止になったようだ。


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5,500万円という数字はクラウドファンディングを用いた(予定)資金調達金額としては過去最高金額である。この槍プロジェクトを支援したREADYFOR?での過去最高金額が2,300万円の零戦のプロジェクトであり、その倍近くを調達したことになる。CAMPFIREやMakuakeといった他の大手クラウドファンディングサイトでも1,000万円・2,000万円といったプロジェクトが最高金額であり、槍プロジェクトがクラウドファンディングの規模的な可能性を見せてくれたといえる。


とはいえ、目標金額に達しなかったため、プロジェクトは開始前に幕を下ろすことになってしまった。本記事では、その失敗の理由を考えてみたい。

グッズ販売が目的化してしまった


クラウドファンディングのプロジェクトでは拠出金額パターンを予め設定しているケースが多い。槍プロジェクトでは5千円からなんと1,000万円までのパターンが用意されていた。終了時点でのパターン別の売れた口数(※一人が複数購入するため、支援者総数とはズレる)は以下の通りだ。


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一番多いのは10,000円のパターンで、798口売れている。続いて、5,000円、50,000円と続く。


着目したいのは、各パターンを購入した支援者へのリターンである。槍プロジェクトでは、Tシャツやポスター、イラスト複製原画といった様々なリターンが用意されていた。その最たるものは刀匠が日本刀やロンギヌスの槍を製作するというものである。一口8百万円円~1千万円円といったクラウドファンディングでは破格の値段が設定されており、1千万円が2口売れている。


槍プロジェクトの失敗の一因はここにある。つまり、支援者の大半は、"月にロンギヌスの槍を刺す"というプロジェクトの目的に共感したというよりは、希少価値の高いエヴァグッズを得ることが最大の目的だったと推測できる。刀・槍関連の調達金額が2,000万円と調達金額の半分近くを占めていることも示唆的だ。グッズを前面に出し過ぎたため、プロジェクトがブレてしまい、本当の支援者を得ることが出来なかった。


対照的なのは、Makuakeで多額の資金を調達している『この世界の片隅に』プロジェクトである。目標金額2,000万に対して、既に満額を調達しており、残りの期間で更なる伸びが期待される。当プロジェクトのパターン別の売れた口数(※4月6日時点)は以下の通りだ。


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圧倒的多数を占める10,000円パターンのリターンは映画の制作過程に深く関与できることだ。支援者は作品情報をいち早く手に入れられたり、特別なミーティングに参加して監督と対話できる。槍プロジェクトと異なり、当プロジェクトの支援者は映画の公開という目的に対して深く共感した人たちにより構成されており、金額に比して支援者数も多い。クラウドファンディングでは"共感"や"好き"といった感情が資金の流れを産み出す原動力となるのだ。


槍プロジェクトの支援者に"共感"や"好き"といった感情はあったのか。無論、エヴァンゲリオンという作品に対してはあっただろうが、"月にロンギヌスの槍を刺す"という目的に対しては、どれほどあっただろうか。

投資需要をつくりだせなかった


Money-fight illustrationflic.kr


筆者は、槍プロジェクトにおいて"ロンギヌスの槍を月に刺す"という大きなイベントをもっとマネタイズできたのではないかと考えている。例えば、エヴァンゲリオンというソフトパワーをもってすれば、二次利用ビジネスの拡大は可能だったはずだ。はやぶさのように映画化、とまではいかないまでも、番組や出版といったコンテンツ利用の可能性は多岐に渡る。マネタイズによってマネーが動けば、大手企業が巨額資金を拠出していたかもしれない。


マネタイズすることによって、個人投資家(エンジェル)の投資需要も喚起できる。家・車といった資産を購入するケースを除いて、個人が消費に捻出できる金額は限られている。クラウドファンディングも例外ではない。希少なグッズが手に入るとはいえ、数十万円・数百万円のパターンを購入するためのハードルは高い。しかし、金銭的リターンを期待した投資であれば、数十万円・数百万円といった金額の拠出金額が動くことは珍しいことではない。(例えば、投資型クラウドファンディング大手クラウドバンクが取り扱う各種ファンドの平均投資金額は数十万円規模だ)


1億円を調達するには、1人あたりの支援金額が1万円であれば1万人から調達しなければならない。しかし、1人あたりの投資金額が100万円であれば、100人から調達すれば良い。1万人の支援者を探すか、100人のエンジェルを探すか。


槍プロジェクトでは支援者のみを募集していたが、マネタイズを前提として証券化してエンジェルを募集しても良かったのではないか。READYFOR?が敷く購入型クラウドファンディングのスキームからはズレるが、調達金額が増えるにしたがって、購入型のみで賄うのには限界があるのではないだろうか。

クラウドファンディングがギアを上げた


槍プロジェクトは失敗に終わった。とはいえ、調達金額の規模の可能性を示し、さらには金額の高さゆえの様々な課題を示してくれた点で非常に意味のあるプロジェクトだったといえる。


"月にロンギヌスの槍を刺す"というぶっ飛んだ企画でこれだけの調達資金を集められたのだ。スケールが大きく、且つ、ハイリスクなプロジェクトとクラウドファンディング(要するに個人からの資金調達)が融和性が高いことが証明されたと言っていい。


これから、目標金額が大きな第二・第三の槍プロジェクトが出てくるだろう。


クラウドファンディングが新たな段階へとギアを上げた。