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ゲーム業界をマーケティング視点で読み解く

セガのプラットフォーム戦略の歴史

Sega Dreamcastflic.kr


あらゆるネットサービスは究極的にプラットフォームを目指す。GoogleもAppleもFacebookも、提供するサービスをプラットフォームとして、新しいサービスを呼び込み、サービスひいてはプラットフォームの利用者を拡大する。利用者・金・情報がプラットフォームを流通する度に、運営元の企業は収益を得る。収益の多寡は、このトラフィックの量と速度に依存する。


GoogleやAppleといったIT企業が台頭する遥か昔、苛烈な市場競争を繰り広げていたゲーム業界で、いち早くプラットフォームの重要性に目をつけたのが"10年早い企業"セガである。ハイスペック・ネットワーク重視のハードを作り続け、熱狂的なファンを多く生み出したが、競争に勝ち残ることができず、ハード事業から撤退してしまった悲運の企業だ。(同持ち株会社が保有するサミーはパチンコ・パチスロというハードを販売しているともいえるが。)


当記事はそんなセガの早過ぎたプラットフォーム戦略の歴史を振り返ってみる。

ネットワークへの傾倒


キャラクタースリーブコレクション セガ・ハード・ガールズ 「メガドライブ」


『メガドライバー』なる熱狂的なファンを生み出した1988年発売のメガドライブ。MC68000とZ80AのWCPUを搭載し、同時発色数やスプライトといったグラフィック面でも最強スペックを誇るマシンだ。金をつぎ込んでスペックで殴るというセガの基本戦略はこの時期に固まったと言える。


メガドライブで注目すべきはそのネットワーク機能である。専用の通信モデム「メガモデム」を接続すれば、電話回線を利用して最新のゲーム等を配信する「ゲーム図書館」を利用できる。これは最新のゲームやそれに関連する情報を、企業のサーバーから各家庭のゲーム機に直接配信する仕組みであった。モデムの速度はわずか1.2kbps。のちに、回線の太いケーブルテレビの回線を用いた「セガチャンネル」に移行する。セガはiTunesやGoogle Store、ひいてはiモードが出現する遥か昔に、アプリケーションを配信するサービスを始めたのだ。


「ゲーム図書館」や「セガチャンネル」の他にも、メガドライブをプラットフォームとしたサービス展開は多岐に渡った。例えば、「メガアンサー」を接続すれば、電話回線を利用して、残高照会・取引照会・振込・振替といったホームバンキングを利用できる。また「日刊スポーツ プロ野球VAN」は野球の試合状況をリアルタイムで配信するためのソフトであった。


セガのネットワークへの傾倒はセガサターン・ドリームキャスト期まで一貫している。ドリームキャストではWebブラウド「ドリームパスポート」を搭載し、いち早くゲーム機をマルチメディア対応させた。付属のマイクやカメラを用いればインターネットテレビ電話まで可能だった。


時代が過ぎた今から振り返れば、ネットワークに傾倒したセガの戦略は長期的に見れば正しかったといえるが、インターネット普及前に自前の通信の仕組みを使ってやろうとしたところ、また、インターネット普及後においてもセガのやろうとしていることに対して充分な通信速度を確保できなかったという先を行き過ぎたセガの誤算があり、プラットフォームが定着することはなかった。

プラットフォームの永続性

キャラクタースリーブコレクション セガ・ハード・ガールズ 「セガサターン」


1994年に発売された32bitマシーンのセガサターンの特徴と言えば、カートリッジスロットであろう。容量の大きいCDの読込時間を短縮させるためのメモリー拡張カートリッジを接続することができる。ハイスペックが要求されるソフトをプレイするため、ハードのスペックを補うための仕組みだ。


拡張ができるということは、つまり、それだけハードの寿命を長くするということだ。ハード機は一台数万円。スペックを上げるために新しいハード機を投入しても、消費者がすぐに次期ハード機に移行するとは限らない。ハード機をなるべく変えず、プラットフォームを継続させたまま、新しいソフトを作る仕組みが拡張機能であるサターンの前にも、メガドライブを無理やり32bitに仕上げるスーパー32Xなるドーピング周辺機器があったが、これがセガのお家芸であった。(任天堂も64DDを作ってはいたが…)


しかし、金をつぎ込んでスペックで殴る戦略が市場と乖離していることを察知したセガはドリームキャストではスペック拡張機能を無くしてしまった。液晶表示付メモリカード「ビジュアルメモリ」やマイクデバイスといった、スペックを拡張するのではなく遊び方のバリエーションを拡張する方向性と舵を切った。ゲーム産業でのスペック重視競争は徐々に立ち消えていったため、セガの選択の方向性は正しかったといえるが、ドリームキャストは大きな成功には至らなかった。


ハード機の競争に勝ち残ったソニー・任天堂についても、Web・スマホの急速な普及により戦略変更のターニングポイントに立たされている。スペックに左右されるハード機よりも常にアップデート・チューニング可能なソフトがプラットフォームの主役となり、ゲーム産業の覇者は、そのソフト主体の世界へ足を突っ込まざるを得ない状況だ。


いち早くハード事業を撤退したセガはというと、スマホ向けの広告提供用プラットフォーム「Noah Pass」を2013年に開発し、コンテンツ製作者の抱え込みを図っている。一度戦線を離脱したセガがもう一度、プラットフォームという華やかな世界に帰ってきた。

早すぎた企業の見る未来


セガが展開したサービスはどれも10年・20年後の今の世界では当たり前になっている。たとえばアプリの配信であったり、プライベートバンキングであったり、テレビ電話であったり。これらの先を見通す卓越した力があったにも関わらず、ビジネスの技術において他社に後れを取り、時代を席巻することはできなかった。


セガのプラットフォーム戦略は正しかった。通信で人がつながり、人との関係性がマネーを生むようになれば、その土俵を整備した企業が、一番大きなリターンを得る。Googleが、Appleが、Facebookが、そしてLINEが挙ってプラットフォーム化をたくらむのは最も効率的で、かつ排他的なビジネスの主導権を握るためである。セガはただ早すぎた。構想を実現するための技術が伴っていなかった。


しかし、セガの挑戦は無駄ではない。セガの未知への開拓があったからこそ、続く企業がそれを道しるべとしてビジネスを展開することができたのだ。我々は彼らの挑戦を忘れてはならない。