パトロンの時代 ~支援から投資への志向変化~
著者の祖父は昔、神戸で画商をやっていた。祖父の妹が画家と結婚し、その画家の描いた絵を売っていた。
画商をやる前は呉服屋をやっていたのだが、近所にある有名な和菓子屋(今でも神戸にある有名な店)が画家をかこい、パトロン紛いのことを始めた。それが羨ましかったようで、ならば自分も、ということで呉服屋から画商に鞍替えした。落語であれば十中八九失敗する典型的なパターンであるが、どうにかこうにか絵が売れた。画家の絵が公共の施設等にも飾られるようになり、神戸市の地域文化功労者にも表彰された。自分の義理の弟の活躍が祖父の大変な自慢であった。
自分が好む個人や組織を支援し、その活躍を後押しする人々をパトロンという。彼・彼女等がアートの世界で果たしてきた役割は大きいが、政治やスポーツといった様々な世界にも少なからずパトロンがいる。パトロンの同義で使われるタニマチというのは、相撲の力士をひいきにして支援する客を指す言葉だ。大きな金が動く業界ではパトロネージュ(パトロンが資金提供する仕組み)がつきものなのである。
支援のカタチの多様化
個人・組織を支援するためのWebサービスの普及により、パトロネージュのあり方が多様化している。パトロネージュは、広義にはパトロンによる金銭を含むあらゆる支援を指す言葉であるが、金銭的な支援にのみ定義を絞っても、その種類は多岐に渡る。
Web上のパトロネージュの仕組みとして日々存在感を増しているのがクラウドファンディングだ。技術やアイデアはあるけれど資金が無く、銀行借り入れやベンチャーキャピタルの融資を受けるにはリスクが大きいプロジェクトが、クラウドファンディングサイトを通じて、数百万円の資金を集めている。設定額の大きさや、サイトを通じた宣伝効果を期待し、一部のスタートアップの個人・企業だけではなく、既にビジネスを行っているが資金需要がある企業にも広がりつつある。
クラウドファンディングの多くはプロジェクト単位で資金を募集する。プロダクト・サービス・イベント等、一過性のプロジェクトがWebを通じて評判を集め、大きな資金を動かす。故に、話題性・インパクトあるテーマなどを駆使して、いかに短期間で耳目を集められるかが募集目標金額達成の鍵となる。
対して、既に知名度のある個人が支援者を募るメルマガやサロンといった形態のパトロネージュも活発である。クラウドファンディングと異なり、資金の拠出期間は長い。短期集中的な一過性の資金募集ではなく、これらのサービスは知名度・ブランド・信頼を駆使して、パトロンに対して長期間資金を拠出させ続ける仕組みだ。
少し前までは、ブログサイトで固定ファンを獲得し、書籍を販売するといった方法が一般的なパトロネージュのカタチであった。今では、メルマガが書籍に代わる文書コミュニケーションの雄として台頭しつつある。『まぐまぐ』・『ビジスパ』といったサイトでは、既に知名度のある専門家が月額料金を徴取して、幾多のメルマガを配信している。
文章だけではなく、実際に支援者と交流するなどの様々な形態のコミュニケーションを可能とするサロンは最も新しいパトロネージュのカタチだ。オンラインサロンのプラットフォーム『Synapse』を通じて堀江隆文がパトロンを募集したところ、600人の枠が早々に完売した。サロンの利用料は月額10,800円と決して安くはないが、ホリエモンと直接交流できる対価として妥当と考えるパトロンがそれだけ多いのである。
クラウドファンディングは"共感"し、"支援"するというところまでをサポートするサービスだが、サロンは更に"協業"する、というところまでをサポートする。現代ビジネスのインタビューで、『Synapse』代表の田村健太郎はサロンのこの"協業性"についてコメントしている。
「一対多から多対多の関係性に移行しているサロンはうまくいっています。主宰者からの一方的な情報を受け取るのではなく、同じ関心をもつユーザー同士で集まってオフ会や勉強会を開いたり、いっしょに事業を興したり、仲間づくりができる場にお金を支払うという感覚がカギではないでしょうか」
出典: 「少人数向け有料サロンは、良質なコンテンツづくりと収益化の両立を実現する」---シナプス代表・田村健太郎氏に聞く、体験型コンテンツ消費の可能性と課題
支援から投資へ
共感・支援から協業へ向かう志向は、利用者が提供する資金を消費ではなく投資と見做すようになってきたあらわれともいえる。つまり、サロンの資金提供者は、投資の見返りにサロンに関連する事業を運営するという経営意識を有しているのだ。
組織を通じて個人が共同で事業を行うという仕組みは珍しいものではない。これは、株式会社や組合の運営と同じだ。Webのパトロンのマネーが寄付のようなリターンを求めない商品から、事業運営という大きなリターンを求める商品に裾野を広げつつある。
言うならば、Webのマネーが、支援から投資へシフトし始めたのだ。
Amazon・楽天市場といったWebの消費市場が飽和しつつある今、Webの消費者がパトロンへと姿を変え、投資市場へ資金を拠出し始めた。
2013年末にサービスを開始した、投資型(配当のある金融商品を取り扱う)クラウドファンディングサイトの『クラウドバンク』は、年々顧客を増やし続け、今では30億円近い募集金額を達成している。海外のサイトを例にとれば、最大手の『Lending Club』は760億ドルを募集しているので、更に上を行く。
法整備が整えば、クラウドファンディングを通じて未上場株式の売買も行えるようになる。そうなれば、サロンのようにコミュニケーションのリターンではなく、更に進んだマネーでリターンが支払われるようになる。
Webを通じて個人と個人が、そして個人と企業が結びつくようになってきた。顧客のロイヤリティが、消費だけでなく、投資にまで及び、皆が事業を協同で運営するステークホルダーと成る。パトロンの時代は投資の時代だ。
支援、つまりただの消費に過ぎなかったものが、投資へと向こう流れは、まだまだ小さいものだ。クラウドファンディング・メルマガ・サロンといったパトロネージュのカタチがこの流れを大きなウネリに変えるためには、パトロンはもちろん、資金需要者も増えなければならない。
もっと大きなプロジェクトを、もっと大きな資金需要を。
中世・ルネサンス時代のアートを支えたように、パトロンが大きな役割を担う時代がやってきたのである。