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ベネッセとUdemyの業務提携から考える学習コンテンツの未来 ~フォロワー型コンテンツからフロー型コンテンツへ~

Open source software gains ground in higher educationflic.kr


ベネッセがオンライン教育プラットフォーム「Udemy」を提供するUdemy社と業務提携すると発表した。「Udemy」は専門的な技能・知識を持った個人がオンラインコースを提供できるWeb上のプラットフォームで、全世界で600万人のユーザーが利用している。2014年5月時点の以下の記事ではユーザー数は300万との記載があるため、1年弱で2倍に成長した計算になる。


jp.techcrunch.com


「Coursera」・「edX」・「gacco」といったアカデミックな講義を提供するMassive Open Online Course(MOOC)のサービスと異なり、UdemyはITスキル・資格といった社会人向けの講義を提供する。Youtubeの教育チャンネルや予備校のオンラインコースが直接的な競合となるだろう。加えて、シブヤ大学や世田谷ものづくり学校など、直接足を運んで講義を受けるソーシャル系(資格は無くとも専門技能・知識がある個人が講師となって講義を実施する形態)の団体にとっても脅威になる。


これは、通信教育や学習参考書といった学生向け教育事業を展開してきたベネッセが生涯学習事業に本格参入することを意味する。ベネッセの主力である学生向け教育事業は少子化の影響を免れ得ない。高齢者もターゲットに入れた生涯学習事業への舵きりは必然と言えよう。


加えて、MOOCも加えたEducational Technology(EdTech)市場において、未だ市場を独占する日本語サービスが生まれていないため、いち早く事業の種を植え、先行者利益を確保したいとの思惑があるのだろう。英語圏であればビル&メリンダ・ゲイツ財団やGoogleが支援している「The Khan Academy」や数学・科学のオンライン教科書事業から始まった「CK-12」といった大手サービスがあるが、いずれも日本での影は薄い。「受験アプリ」といった日本勢もテレビCMを用いて市場の認知度を上げてきているが、ターゲットは学生のみのため、プレゼンスは限定的だ。ベネッセは、これらの日本勢・海外勢が市場で幅を利かせる前に、一気に資金を投入し、確固たるプラットフォームを築かねばならない。


しかし、英語圏で旺盛なEdTech市場が日本でそれほど盛り上がっていないのはなぜだろうか。iTunes Universityをのぞいてみても、"新作と注目作品"に並ぶのは英語の講義ばかりだ。日本語講義のページに遷移しても、教育機関と講義名が一覧化されているだけで、積極的に売り込もうという気配が感じられない。


言語の障壁によりノウハウを持った英語圏の大手が参入できていない、というのは大きいだろうが、それでもである。


筆者は、日本のEdTech市場の成長不足は関連会社がWebの特性を意識した戦略を展開できていないことに起因すると考える。具体的には、コンテンツが情報の流通を加速するSNSやキュレーションサイトに最適化されていないのだ。


現在の学習コンテンツの主流は、限られた人に対して連続して長時間の視聴を要求するタイプのコンテンツである。これは仮にフォロワー型コンテンツと名付ける。対して、Web上に溢れているコンテンツの主流は、それぞれが独立・完結しており、多く人に対して短時間の視聴を要求するタイプのコンテンツである。これを仮にフロー型コンテンツと名付ける。このフロー型の学習コンテンツが不足していることにより、EdTech市場が成長しないのではないだろうか。


Platform B2 and 3flic.kr

フォロワー型コンテンツはプラットフォームを活性化しない


日本の有名大学が提供している学習コンテンツは、学位取得を目的とした大学の授業をそのままWeb上で公開しているものが多い。一つのコンテンツが講義と同じだけのボリュームがあり、大学に通わずともこれらの膨大な知識を得られるという点で画期的である。また、大学によっては一連の講義を受講すれば学位を取得できるケースもあり、これらの学習コンテンツが"実際のキャンパスに通って、講義を受け、学位を取得する"という価値を変えようとしている。


こういった教育の変革を牽引するのは有名教育機関だ。東京大学・京都大学・慶応大学といった、既に知名度もブランド力もある大学である。これらの有名大学が提供する講義であれば、視聴者は述べ数十時間にも及ぶ一連のコースを受講してみようという気にもなる。逆に、無名な大学または個人による長時間のコンテンツがユーザーに訴求力があるかといえば、難しいだろう。


Webのプラットフォームを活性化させるためには無名の組織や個人の参加は不可欠だ。数多の個人のビデオによって巨大プラットフォームと化したYoutubeを例にあげるまでもなく、視聴者がコンテンツプロバイダーになってプラットフォームを盛り上げるためには、参加の障壁は限りなく低く設定しなければならない。


長時間のコンテンツは、既にフォロワーとなっている視聴者には訴求力を発揮するだろう。しかし、プラットフォームを活性化させるだけの新たな視聴者やコンテンツプロバイダーを増やすことはできない。


Tongji University Libraryflic.kr

Webに最適化したフロー型コンテンツへ


プラットフォームを活性化させる無名の組織や個人の参加を促進するには、参加の障壁を低くしなければならない。それにはコンテンツの時間を短く設定する必要がある。例えば、学習コンテンツの雄、TEDのスピーチは最長18分と設定されている。ユーザーが一時的な興味や刺激的なタイトルに惹かれて連続して同じコンテンツを見る時間は限られているのだ。


加えて、SNSやキュレーションサイトを通じてコンテンツをフローさせるには様々な仕掛けが必要になる。コンテンツを無料にしたり、一つ一つを細切れ・一話完結型にしてWebの海に放流しなければならない。そして、より多くのユーザーの興味を引き、観てもらい、シェアしてもらわなければならない。


全てのコンテンツをフロー型にすれば良いわけではない。音楽コンテンツのように、Youtubeを介してシングル曲を聞いてファンになったユーザーに、アルバム単位で購入してもらうのに倣い、フロー型コンテンツで獲得したユーザーをフォロワー型コンテンツに誘導すれば良い。フロー型コンテンツはそのための種であり広告だ。


少し前、グレゴリー・マンキューのブログで、彼が提唱する「経済学の10大原理」を説明する経済学の講義が紹介されていた。講義をしているのはStand-Up Economistを名乗るヨラム・バウマン。退屈な経済学用語を噛み砕き、おもしろおかしく説明するトーク術が絶妙だった。動画は大きな反響を呼び、知名度は一気に上昇。「この世で一番おもしろいマクロ経済学」という彼の本まで刊行された。これらは全て、ほんの数分の経済学講義の動画から始まったのである。


www.youtube.com


市場を独占するライバルが少なく、更に需要が大きく膨らみつつある市場に参入したベネッセの行く末は、「Udemy」がプラットフォームとしてどれだけ認知されるかにかかっている。そのためには、MOOCを模倣したフォロワー型コンテンツと併せて、短い独立・完結型のフロー型コンテンツを提供しなければならない。そのためには、ヨラム・バウマンのようなともすれば退屈なジャンルの講義を魅力的なコンテンツに変えてくれるクリエイターを惹きつけなければならない。


フォロー型コンテンツからフロー型コンテンツへ。


生涯学習に参入するベネッセの未来は、日本の学習コンテンツの未来と不可分である。