SPC ~製作委員会に代わる資金調達~
映画やアニメを見ていると、画面に登場する"○○製作委員会"という単語。これはコンテンツを制作する際に出資している企業のパートナーシップを表す。各企業は民法上の任意組合を組成し、共同の事業、つまりコンテンツに係る制作・配給・興行の事業を営む。
製作委員会に参加する企業は窓口権と呼ばれる著作権利用に係る権利を得る。例えば、おもちゃ事業を有する企業は、コンテンツ制作に出資する見返りに、著作物を用いたおもちゃを販売する窓口権を得る。コンテンツの公開に併せておもちゃを市場投入して収益を得る…という仕組みだ。製作委員会に参加する企業にとっては、コンテンツの興行収入が芳しくなかった場合でも、自社の得意とする事業に係る窓口権を得ることで、損失を最小限に食い止めることができる。
ヒットすれば大きな収入を期待できるが、その予測がきわめて困難なコンテンツ産業にあって、製作委員会方式は大きな成果を上げてきた。製作に係るコストを複数企業が負担し、更に、各企業は残ったリスクを窓口権による安定した収入と相殺する。ヒットしてもしなくても、その見返りを製作委員会を構成する企業で並べて分配する仕組みが日本のコンテンツ産業を支えてきた。
製作委員会のデメリット
製作委員会はリスクを最小限にするための資金調達スキームである。当該パートナーシップに参加できるほどの充分な資金を持った企業は、窓口権で確実な収入が担保されているとはいえ、冒険を嫌う。業界に新しい風を吹き込む作品ではなく、一度ヒットした作品の続編を求める。新進気鋭の監督の作品ではなく、成功した監督の新作を求める。挑戦的で、ラディカルで、賛否両論を巻き起こす作品ではなく、安全で、クリーンで、万人受けする作品を求める。製作委員会方式の保守的な投資姿勢はコンテンツ産業の変化や革新を阻害してきた。
また、資金量の問題もある。
製作委員会を構成する企業は、充分な資金をもっているといっても、自らの事業を展開している。本業外の投資に割ける資金は限られている。製作委員会の構成企業は、窓口権の関係もあり、コンテンツ産業に関わる企業に限りられるため、製作に流れる資金量は不足している。
通常、投資の需要には答えるのは(少なくとも日本の金融市場では)金融機関である。が、製作委員会方式ではこれに期待できない。コンテンツ産業は収益の予測が困難であることに加えて、任意組合は法人に当たらず、開示が義務化されていないため、金融機関が拠出した資金が健全に運用されているかを判断できない。
任意組合が無限責任組合員により組成されることも大きな障害である。無限責任とは、金銭債務の不履行や事業から生ずる損害賠償請求といった債務に対して全責任を負わなければならないことを意味する。つまり、コンテンツに係る事業を展開するにあたって、訴訟などが発生した場合、その全費用を組合員が負担しなければならない。この無限責任による過度なリスクが金融機関並びに外部の投資家の資金供給を遠ざけている。
SPCとは
拠出した資金の運用が透明化されること、また、無限責任という過度な負担を解消すること。これらの製作委員会のデメリットを解消するには、新たなビークル(資産と投資家とを結ぶ機能を担う組織体)が必要である。
コンテンツ産業では、製作委員会方式に代わる資金調達手段として、SPC(特別目的会社)を用いた手法が考案されている。
SPCとは金融機関や事業会社などが資産の流動化や証券化を利用する目的で設立された会社のことをいう。つまり、事業に必要な最低限の資産と、損益のフローを集約するために立ち上げられるペーパーカンパニーである。コンテンツ産業の場合、コンテンツ制作会社が作り出す著作権をSPCに譲渡し、その著作権を基にSPCが資金を調達する。
2009年に公開された映画『レインフォール』の制作時に、ソニー・ピクチャーズエンタテインメントをはじめとした関係会社がSPC(このケースでは有限責任事業組合(LLP))を組成し、資金を調達した事例がある。本件では、SPC参加企業の出資に加え、香港の英国系銀行からプロジェクトファイナンスによる銀行ローンを取り付けた。銀行のローンを組むにあたり、映画の収益に担保権を付けたり、完成前に頓挫するリスクを保障するために完成保証を取り付けるなど、日本のコンテンツ産業では例を見ない高度なファイナンス手法がとられた。以下が『レインフォール』の資金調達スキームの全体像である。
出典: 平成22年度コンテンツ産業人材発掘・育成事業(有望若手映像等人材海外研修事業)プロデューサーカリキュラム 国際資金調達 ~ケースメソッド:『レイン・フォール/雨の牙』~
『レインフォール』の事例にみられるように、SPCを用いた資金調達では銀行ローンを利用可能だ。製作委員会方式のデメリットとして挙げられた"資金の運用の不透明性"は、SPC方式では改善される。任意組合と異なり、法人格を持つSPC・LLPのSPC等では、各種財務諸表の作成が義務付けられる。つまり、SPCの会計状況は一般企業と同様に透明化される。金融機関や外部投資家にとっては、投資判断に際しての重要な会計情報を得られるため、資金を拠出しやすい。
更に、SPCの構成員は有限責任のため、SPCが背負う債務を組合員が全て背負う必要が無い。訴訟等で多額の損失を計上しても、構成員の資産にまで遡求されて請求されることはない。これにより、少額の資金を拠出したい小口の投資家も参加しやすくなる。
SPC方式の普及に向けて
コンテンツ産業外からの資金調達を促進するSPC方式であるが、『レインフォール』以降、日本のコンテンツ作品で採用されているケースは少ない。
なぜだろうか。
一つの理由は、コストが掛かり過ぎる点だ。資金調達のスキームを描くために専門家の意見を仰いだり、開示のために財務諸表を作成するためには、多額のコストを要する。ある程度の収益を見込める大規模な作品でしか、係るコストをペイできない。
また、知的財産の活用によるライセンスビジネスが充分に成熟していないことも挙げられる。コンテンツ二次利用の市場はまだまだ発展途上であり、資産の流動化といった知的財産を用いた調達スキームも浸透していない。
希望的観測を言えば、コンテンツ産業以外からの潤沢な資金とノウハウを持った投資家が資金を拠出するようになれば、SPC方式をはじめとした高度な手法が一般化するだろう。
折しも、我が国では金融商品取引法が改正されインターネットを介した未上場株の取引きが解禁される。1人当たり50万円を上限に、クラウドファンディングなどのサイトを通じて、未上場株式を売買できるのだ。これにより、自社の資金規模が小さな会社でも、個人投資家からの資金提供を受ける道が開ける。現状の購入型(資金提供の見返りに金銭ではなくモノ・サービスを受ける)クラウドファンディングでは数百万円規模の投資規模であったが、株式を取引可能となれば、投資金額の桁が変わってくるだろう。
コンテンツ産業外の企業・金融機関、そして個人投資家。様々なプレイヤーが算入することで、コンテンツ産業の資金調達スキームは多様化し、発展していくだろう。
そして、SPC方式はその進化の先頭を走る、極めて合理的で、可能性に満ちた手法なのである。
(3/6追記: 出典を修正。各所をボールドを適用。)