創作された会話に命をふきこむ唯ひとつの要素は"ディテール"である
アニメ『SHIROBAKO』はP.A.Works制作の"働く女の子"をテーマにした作品。高校時代にアニメ同好会に入っていた女の子たちが、成長し、社会に出て、アニメに関わる仕事に就いて奮闘する姿を描く。主人公たちの成長を見守りながら、制作進行・アニメーター・音響・声優など様々アニメ制作に関わる仕事の内実を勉強できる。
去年から話題になっていたのだが、遅まきながら筆者もはまってしまった。
この作品の見るべきところは丁寧に描かれた様々な仕事内容である。効果音を作るところ、キャラクターの特徴や心理に合わせて原画を描くところ、そして出来上がった作品をスタッフみんなで見るところ。色々な立場の人が、同じ目的に向かって、一生懸命に仕事をしている。こういう作品を見ると、「やっぱ仕事っていいよなー!俺も頑張ろー!」って思う。後者はまあ…気のせいなんだが。
そんな拘りを持ったSHIROBAKOの魅力を引き出しているのが劇中の会話だ。例えば1話から、演出の円が制作進行の高梨を咎めるシーン。
「ラッシュ止めろ。戻して、もっかい見せて」
「あれ、コンテ撮のまま?なんで色ついてないの?」
「は、そういや俺まだこのカットチェックしてなかった…。これさ、なんで?」
「はい!?」
「はいじゃないよね?」
「はい!」
「ラッシュがコンテのままってどういうことかわかる?動きのタイミングもわからないし、効果音もつけられないよね?」
「はい!」
「つまりダビングできない、完成しないってことだよね?」
「はい…」
「俺の言うこと間違ってる?」
専門用語が飛び交い、観ているほうは置いてけぼりになってしまうのだが、その突き放されている感じが、悪くない。ラッシュって…、コンテ撮って…、カットチェックって…。言葉から仕事内容を想像するのも楽しいし、そのあと、作品の中で仕事が紹介されるのを見るのも楽しい。情報バラエティ番組と同じ、知らないことを知る楽しみがある。
ぺらぺらの会話
そんな会話が魅力のSHIROBAKOなのだが、それとは対照的なのがSHIROBAKOの劇中劇『えくそだすっ!』である。
主人公が働く武蔵野アニメーションが元請けでつくっている作品で、3人のアイドルが色々なトラブルに巻き込まれながらも成長するアニメ…らしい(いまいち物語がわからん)。
劇中で広げられるのはこんな会話だ。
「そんなこと言ったって、今さらどうにもならないじゃない!」
「じゃあどうすんのよ!ダメだってことだけ分かったって、それこそどうにもならないじゃない!」
「誰のせいだっていってんの!?」
「ねえ、綿菓子ってさ。」(色んなパート)
「え?」
「どうして次の朝には無くなっちゃうのかな」
また、アイドル3人の庇護者であったお姉さんが、その実、裏切り者であったことを知り、主人公たちが叫ぶシーン。
「え、どうして!?」
「嘘、嘘、嘘だよ。嘘だっていってよ!」
「本当なの!?本当にあたし達を騙してたの!? お姉さん!あたし達、これから何を信じればいいの!?」
「…」
「私知ってた」
「え?」
「私、お姉さんがジンジャーの人だって知ってた。あたし知ってた。」
SHIROBAKOで繰り広げられる会話に比べて、なんというか、薄っぺらいんである。 会話から、登場人物の心理も見えてこないし、その後ろにある物語も見えてこない。言葉が上滑りして、ぺらぺらなのである。
ここにSHIROBAKOの演出の意図が見える。視聴者にはSHIROBAKOのドラマに感情移入させるために、あえて、劇中劇に深みをもたせない。
このぺらぺらの会話は、内容にディテールを持たせないことで、つくられている。物語の確信に迫る固有名詞や、複雑な心理を反映した"言い残し"とも言うべき、"言いたいけどこんな風にしか言えない"、というような登場人物の葛藤が一切ない。
『えくそだすっ!』は意図的にディテールの薄い作品に仕上げられているが、意図せずあまり良くない作品というのは、ディテールが練られておらず、設定や心理描写に深みが無いのが特徴である。
ディテールで深みをもたせてみる
では、もし、『えくそだすっ!』が、深みのある作品だったら。ディテールがしっかりしていて、見ごたえのある作品だったら。こんな風な会話が繰り広げられるのではないだろうか。
まずは"綿菓子"のくだりのところを村上春樹風に改変してみる。
「コンピエーニュの森で休戦協定の席についたフェルディナン・フォッシュ元帥と同じ気持ちだよ。そう、今さらどうにもならないってね」
「言わせてほしいことは思いついただけで13個(これは僕が一番好きな素数なのだけれど)あるけれど、そのうちの1個をお披露目することにするよ。それこそどうにもならないって」
「残りの12個はブルーボトルコーヒーのナプキンで丸めて捨てたほうがいいね」
「完璧な綿菓子などといったものは存在しない」
「え?」
「完璧な的屋のおっさんなどといったものが存在しないようにね」
次、お姉さんのくだりを筒井康隆風に改変してみる。
「えっと、これはどうしたことだ?何?え?あいつが嘘をついてたって?」
「嘘!嘘!嘘なんだよ!うそ!うそ!う、う、うそひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!ぎゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「これは信じられない。この淫売のあばずれのこんこんちきめ。私達を騙してやがった」
「うひゃややややややや!どひゃややややややややや!」
「私知ってた」
「え?」
「渋谷のラブドリームっていうホテルの入口で、おっさんから金を受け取って、そのまま持っていたホットプレートの蓋でおっさんの頭をがーんとかち割って走り去ったのを。そうよ、これが本当の」
「えくそだすっ!」
やかましいわ。
お粗末様でした。