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完成リスクと映画資金調達のこれから

DVD付き 進撃の巨人(16)限定版 (講談社キャラクターズA)


2015年夏に公開が予定されている映画『進撃の巨人』。監督に樋口真嗣、脚本に渡辺雄介・町山智浩(町山さんが作り手側に!)を起用し、多額の予算が投じられている大作である。人気キャラのリヴァイの代わりに、長谷川博己演じる新キャラが登場するとあって、賛否様々な意見がネットに溢れている。



実写映画「進撃の巨人」新チーム発足!監督は樋口真嗣 - コミックナタリー


進撃の制作はスムースにいったとは言い難い。映画化がぶちあがったのは2011年であったが、クランクイン後に監督の降板が発表され、更にキャストも出演を辞退する等のトラブルに見舞われた。当初2013年の公開予定だったものが、スタッフの刷新を経て、今年まで遅延したわけである。

完成リスクとは


進撃のケースで監督降板のドタバタがあった際にはお蔵入りの噂が流れたが、映画の製作ではこのような完成リスクがつきものである。完成リスクとは、映画の企画が通り、公に発表された後に、スタッフ・資金等に係るトラブルにより完成が遅延または頓挫するリスクを指す。


映画公開が延期する・中止するといった知らせは、ファンにとっては残念な知らせであるが、資金提供者にとっては残念どころではない。 既に拠出している資金を回収できない可能性もあり、場合によっては大きな損失を被る。


複数企業が資金を提供しているため、1社あたりのリスクはある程度分散されているが、完成に至らず配当を得られない・窓口権も行使できないとあれば、許容できるものではない。


(複数企業が資金提供するいわゆる製作委員会方式については、過去に以下のような記事を書いているので、参考にしてほしい。)


なぜ綾波レイはコーヒーを手に微笑むのか、あるいは制作会社が儲けるたったひとつの冴えたやり方 - マネコン!

完成リスクを保証する


多大な損害を与えうるこの完成リスクを保証会社が負担する完成保証という手法がある。

完成保証とは、完成保証会社が、資金提供者に対し、製作者および完成保証会社があらかじめ承認したスケジュール、予算および脚本などの具体的条件に従った映像コンテンツの完成および引渡を保証する仕組みをいう。


出典: 平成23年度知的財産権ワーキング・グループ等侵害対策強化事業(コンテンツ分野)映像コンテンツの資金調達の検討に関する報告書


完成保証会社は、制作管理と予算管理を通じて、決められたスケジュール通りに映画を完成させることをコミットする。更に、予算をオーバーした際にはその分を補てんしたり、完成しなかった場合には資金提供者に返還する等の処置を講じる。


アメリカではこの完成保証スキームを用いた資金調達が盛んだ。資金調達能力が乏しい独立系のプロデューサーが映画の企画を以て保証をとりつけ、金融機関等の映画業界外から資金を調達する。結果、映画産業に資金が溢れ、魅力的な作品が産まれる原動力になっている。


一方、日本ではどうかというと、当該スキームはあまり普及していない。


東京海上日動火災保険が大友克洋の新作映画(たぶん、『蟲師』) の完成保証を行ったのが、日本映画界での完成保証スキームの最初であった。他に、『GOEMON』の制作において紀里谷和明監督が個人で完成保証したケースもある。


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とはいえ、上記の他に、映画製作に完成保証スキームを適用したという例は余り聞かない。


上述の報告書をまとめた野村総合研究所は、日本で完成保証スキームが普及しない理由について、"金融機関が消極的"・"米国に比べ制作費が小規模(保証に要するコストに見合わない)"・"契約書慣習が無い"・"映像コンテンツ向けパッケージ保険が無い"といった理由を挙げている。

官主導で完成保証スキームを普及させられないか


資金循環を産み出す保証会社や金融機関がおらず、マネーが枯渇する。結果、大きな制作費を投じる作品を作ることができない。そうするとまた、規模の小さな作品は保証会社や金融機関にとって魅力的ではないため足が遠のく…。


映画の資金調達市場は負のスパイラルに陥っているといっていい。


筆者はこの負のスパイラルから脱却するには、官の力が有効だと考えている。


中小企業は金融機関から借り入れする際に信用保証協会から信用保証を取り付けることができる。この、リスクの大きい企業の信用を公益法人が補てんするスキームを映画の資金調達にも適用できないか。


信用保証協会にとっては、通常の代位弁済業務に加えて、プロジェクト進捗の監督が必要になるため、新しい組織や人材が必要になるかも知れない。しかし例えば、大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会のようなコンテンツ制作に係る知識が豊富な組織とタッグを組めばどうか。


映画という多額の資金が必要な業界における調達において、投資先のコンテンツ選定は民に任せ、そのセーフティーネットを官が準備する。官民が適材適所で力を発揮すれば、コンテンツ産業にマネーが溢れる。


筆者は、近いうちに、コンテンツにマネーを送り込む仕組みをビジネスにしたいと考えているのだが、その際に官のセーフティーネットが準備されていれば、提供者がより意欲的に市場に参加してくれるのでは、と考えている。(興味がある方は筆者までご一報ください)


製作委員会に次ぐ完成リスクに対応する新たな資金調達スキームを。


その土台を築くには、新しいプレイヤーが市場に風を送り込まなければならない。