古典を学ぶ意味とは
古典を学ぶ意味について、はてなブログで話題になっている。その中でも、としぞう (id:gerge0725) さんの以下の記事を興味深く読んだ。
元々は、たけるんこりった (id:takerunkoritta) さんが国語の古典をテーマに記事を書いたのに対して、国語だけではなく古典全般にテーマを拡大して論旨を展開している。
便乗して、古典を学ぶ意味を考えてみた。
巨人の肩の上に立つ
学術論文を検索できるGoogle Scholarのページに標語として掲げられている"巨人の肩の上に立つ"という言葉。アイザック・ニュートンがロバート・フックに宛てた書簡の中で用いた言葉として有名で(原典は12世紀フランスのシャルトルのベルナルドゥスに帰す) 、先人が積み重ねた知識の財産を継承し、更なる進歩を試みる学問の根源的な手法を意味する。
筆者はアメリカ東海岸にあるテンプル大学という州立大学を卒業したのだが、そこで学んだのはこの"巨人の肩の上に立つ"手法であった。
一般的なアメリカの大学では、学部生のうちは一般教養を多く学ぶ。一般教養のコースを通じて、将来身に着けたい専門を決めさせるのである。
学部生は一般教養の幅広い学科の基礎コースをはしごする。これらの基礎コースで学ぶのはその分野の土台となる知識、先人から脈々と継承された知識、つまり古典である。
テンプル大学では、入学後すぐにIntellectual Heritage(以下、IH)という授業も併せて受講する。これは一般教養の内容をギュっと一つのコースに凝縮したもので、ギリシャ哲学から、心理学、マルクス経済学からイスラム教まで、様々な内容をカバーする。
この授業で取り上げられる古典を通じて、生徒は何を会得すれば良いのか。その答えを大学がWebサイトにまとめている。
- 自分が知らない、複雑なテキスト(理論的・歴史的・文化的に先進的な)を読む。 (Read in its entirety an unfamiliar and problematic written text (theoretically, historically, or culturally challenging))
- レベルの高いテキストに書かれた、抽象的な概念・巨大な思想・含意を理解する。 (Recognize abstractions, large ideas, and implications associated with difficult written texts)
- 学問分野・歴史的/文化的境界を越えたつながりを見つけ出す。(Make connections across disciplines, history and cultural boundaries)
- テキストの分析・評価によりポジション・論点・解釈を構築する。 (Construct positions, arguments, and interpretations through textual analysis and evaluation)
- 学究的手法に即し、且つ、人を納得させる学問的成果を産み出す。 (Produce thoughtful writing that reflects persuasive position and the conventions of academic discourse)
IHのコースを受講すると、自分が興味のないこと、将来役に立たないかもしれない内容をたくさん学ぶ。ソクラテスの弁明も読むし、(部分的ではあるが)資本論も読むし、シェイクスピアの演劇も観る。
読み(または観て)、理解すること。更に、理解した内容のつながりを見つけ、それを基に新しい発見をし、成果をあげること。 IHを始めとした一般教養の各種コースでは、これらの"巨人の肩の上に立つ"手法を学ぶことができる。
ドットをつなげる
幅広い分野の知識をかき集め、それらのつながりを見つけ出すこと。ここに、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学でのスピーチを思い出す。彼のスピーチの最初のテーマ、"ドットをつなげる(Connecting the Dots)"から引用する。
何かを期待して、ドットをつなげることはできない。何かを振り返ってのみ、ドットをつなげることができる。だから、ドットがいつか、つながっていくことを信じなさい。(You can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.)
Steve Jobs' 2005 Stanford Commencement Address - YouTube
古典を学ぶ意味とは、先人から継承した知識をドットとしてかき集め、そのドットを現在溢れている知識や情報のドットにつなげることだ。
ジョブズにとっての古典のドットはカリグラフィー(文字を美しく描く手法)であったという。このドットは、アップルコンピューターの美しいフォントの発明というドットにつながった。
万人にとって、そのつながりは様々だ。研究の道、ビジネスの道、芸術家の道。辿る道に依って、つながりが生まれたり、立ち消えたりする。そのつながりは、時間が経ち、振り返ってみて、初めて分かるものだ。ドット自体に意味・価値があるかは、その時には分からない。だから、古典というドットを、先人から継承したドットをかき集めなければならない。
巨人の肩の上に立つこと。肩の上からドットを見つけ出し、それらをつないで、新しい発見をすること。
古典を学ぶ意味、そして、古典を学ぶ楽しさは、そんなところにあるのだと思う。