クラブイベントが復活する日
友人に誘われて、堀江の飲食店で開催されたクラブイベントに遊びに行ってきた。100人に満たない小さなイベントながら、ロック・ポップ・ダンスなど幅広いジャンルの音楽が流れ、音楽好きの客がフロアでビールを片手に歌って踊れる楽しいイベントだった。筆者も、もっぱらアニメ・ゲーム・民謡といった音楽を聴くようになって久しいが、昔CDを購入していたUKロックバンドの音楽が流れると、フロアで自然に足が動いた。
筆者が行ったクラブイベントは、大きな営利を得ることを目的としているのではなく、音楽好きの仲間と一緒にワイワイしたい!といった目的で開催されている、と推測する。イベントチケットの入場料は2,000円。この金額で、2枚のドリンクチケットが付く。客数70人とみると、収益は140,000円。飲食店の貸切料金・諸経費を含めて100,000円と仮定すると、主催者に残るのは40,000円。DJ・スタッフが複数人いれば、一人10,000円の儲けにもならない。深夜のイベントで、拘束時間が8時間とみると、安いくらいの労務費である。
とはいえ、入場料をとって運営する限り、このイベントはダンス営業とみなされ、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下、風営法)の規制に引っ掛かる。風営法の対象となる場合は、営業時間は原則午前0時までしか営業してはならない。このイベントは22時から翌朝まで開催されていたので、風営法違反となる。
風営法の改正
大阪のクラブシーンでは、老舗クラブNoonオーナーが、2012年に風営法違反の罪で摘発された件が大きな話題を呼んだ。以降、全国のクラブが次々と摘発され、深夜営業を主とするイベントは壊滅に追い込まれた。
クラブは「踊り禁止」のサインを張り、フロアで踊る客にスタッフが駆け寄り音楽に体をあわせて動かないでくれと頼むところまである(嘘みたいだが本当の話だ)。ナイトクラブの広告から「ダンス」という文字は消え、「エンターテイメントスペース」という曖昧な言葉でお茶を濁しているのが現状だ。世界的にも有名な渋谷のパーティスポット、WOMBのウェブには「DJ」という言葉すら見当たらない。みな、グレーゾーンという窮地でもがき苦しんでいるのだ。
しかし、クラブイベントのファンや有識者らが規制緩和を求めて声を上げた結果、潮目は変わりつつある。
2014年10月24日、風営法の規制対象条件を変更する改正案が閣議決定された。当該法案は次の臨時国会に提出され、可決されればその後施行される。
改正案によると、現行3号風俗営業に該当するナイトクラブの運営を店内照度によって風営法対象とするか否かが判定される。この条件は10ルクス(上映前後の映画館の明るさに相当)を基準とし、10ルクスを超える飲食店は特定遊興飲食店営業と分類され、風営法の対象外となる。10ルクス以下の飲食店は低照度飲食店と分類され、引き続き風営法の対象となる。つまり、明るく健全な飲食店であれば、夜な夜な音楽を鳴らしてダンスをしていても構わないですよ、ということである。
風営法改正案 クラブは店内の明るさで3つに分類 :日本経済新聞
そもそも、1945年に施行された風営法は、男女の踊りが売買春を誘発するとして、ダンス営業を規制対象とした。しかし、当該風営法が十把一絡げでクラブイベントを規制対象とするものであり、現代の風俗にそぐわない時代遅れの法律であるとのファン・有識者の指摘を受けた形で改正されることになる。
また、Noonオーナーが起訴された件では、第一審判決で大阪地裁が「店側が客に性風俗を乱す享楽的なダンスをさせていたとするには合理的な疑いが残る」とし、無罪判決を下した。続く控訴審判決でも無罪判決が下され、大阪高等検察庁は最高裁判所に上告、最高裁にもつれ込む予定である。とはいえ、二度の無罪判決に加えて法改正の算段がつき、いよいよ検察側は追い詰められたといって良い。
所有から体験へ
今まで、皆が違法であるとわかったまま運営されていたクラブイベントは、摘発の嵐のあとの法改正により、白黒の境が引き直され、新たなスタートを切ることになる。風営法規制対象にならないためには、照度を明るくし、フロアの演出を再考しなければならないだろう。それに、暗所で1.5倍増しで女の子が可愛く見えるフロアマジックの効果が半減し、男性客は足が遠のくかもしれない。
それでも、クラブイベントは音楽文化を形成する重要な役割を果たしていくに違いない。iTunes・Youtube・ニコニコ動画によって安価(または無料)で音楽が提供される時代にあって、人は音楽を所有することに大きな価値を見出さない。購入したCDもiTunesのリストもYoutubeのお気に入りも等価でしかない。今この瞬間にほしい音楽を聞ければ手段を選ばない。では、消費者は何に価値を見出すのか。それは音楽を通じた体験だ。今この瞬間に聞ける音楽から得られる感情の起伏は限られているかもしれないが、特別な場所に行って、特別な人と一緒に聞く音楽から得られる感情の起伏は計り知れない。クラブイベントは特別な体験をもたらす音楽体験の一つの形である。
消費者の所有によって支えられた音楽産業のビジネスモデルがネットとアプリによってズタズタに壊され、関係企業は大きな転換を迫られている。そして、企業は音楽を製造するだけでなく、その体験までをコーディネートする垂直統合を目指しているように見える。この最たるものがAKB48の商法で、このビジネスモデルではCDを所有することに消費者は一切の価値を見出さない。CDは体験を買うチケットに過ぎない。
実際のアーティストに出会えるライブが最も特別な体験とすると、クラブイベントはその次点に来る。何か月も前にチケットを買って待つほどではない。1週間前に前売りチケットを買ってもいいし、その日に入口でお金を払えば、すぐに体験できる手軽な場所だ。お酒を飲んで、大きなスピーカーから発せられる音を聞きながら、少し体を揺らす。自分が好きな音楽が鳴っている時も、聞いたことが無かったがきらりと光る音楽に出会った時も、その体験は消費者にとって特別な意味を持つ。
所有から体験へ。
その大きな転換の時期にあって、ビジネス・文化の両面から大きな役割を担うクラブイベントは、もう一度、特別な場所・時間を提供する体験のメディアとして復活すると、筆者は信じている。
ずっとずっと昔のことだけど
僕は今でも忘れられない
どんなに音楽がほほ笑みをもたらしたかを
もしみんなに踊ってもらえるような
そんな機会が僕にもあったなら
みんなもちょっとはハッピーにできた、と思うんだ。