WEIRD

ゲーム、映画、ときどき文学

【書評】イルミナエ・ファイル: ゲーム時代の小説、あるいは(たぶんこれからも) テキストは死なないということ

f:id:ktadaki:20171015145350j:plain


 メルボルンで暮らすSF作家エイミー・カウフマンは新しい小説を書こうとしていた。2人のティーンエイジャーが銀河系間の戦争に巻き込まれるスペースオペラ。女子高生のハッカーがいて、気のいい男の子のパイロットがいて、宇宙戦艦を操る人工知能がいて、戦闘機が宇宙空間を飛び回り、ウィルスに感染したゾンビが戦艦内を跋扈する、楽しいものを全部ぶちこんだ小説だった。

 
 筋書きも設定もどこかで見たことのあるようなものだったが、1つだけ新しいアイデアがあった。小説を全てメール形式で書くということ。


 知り合いの同じくSF作家のジェイ・クリストフにこのアイデアを相談したところ、意気投合した。


 2人は一緒に地元のパブでメシを食べて酒を飲みながらアイデアを具体化していった。メールだけではなく、軍の報告書、監視カメラ映像、医療記録、人工知能の思考ログ、ポスター、Wikiのページ、散文以外のあらゆるテキストをごった煮にして小説にしよう。人工知能がナレーションしたらおもしろいんじゃねえの。テキストも色々デザインして…。よーし、なんかのってきたから一緒に小説を書いちまおう。


 というわけでカウフマンとクリストフが共同で書き上げたのが小説「イルミナエ・ファイル」である。


イルミナエ・ファイル

 
 本作はオーリアリス賞を受賞し、ニューヨークタイムズのベストセラー入り、プランBエンターテイメント(ブラッド・ピットの映画会社)とワーナーブラザーズが映画化すると書けば「すげぇ本が翻訳された」という感じは伝わると思う。

 
 唯一(にして最大)の難点は値段。税込み4,644円という値段は書泉ブックタワーで5回くらい棚から出したり入れたりした行為も許されるんじゃないだろうか。


 物語の筋はこんな感じだ。


 固定ジャンプステーションヘイムダルから34.5天文単位離れた惑星ケレンザでは、ウォラス・ウリヤノフ・コンソーシアムが違法的に高密度のヘリウムを採掘していた。その利権を横取りしようとベイテク・インダストリーズが大型戦艦4機を伴って侵攻。入植地を破壊する。攻撃から逃れた住民は貨物船コペルニクス、科学船ハイペイシャに乗り込み、戦闘を仲裁しに入った地球連合権威執行機関の戦艦アレグザンダーの先導のもと、脱出する。


 侵攻の事実を隠滅するために追撃してくるベイテク社の戦艦リンカーン。その猛追から逃げるアレグザンダー、ハイペイシャ、コペルニクスと数千人の乗組員たち。

 
 ケレンザの戦いによりアレグザンダーを制御する人工知能AIDANは損傷を受け、正常な判断(処理)ができなくなっていた。重ねて、避難民はベイテクが放った生物兵器によりウィルスに感染。リンカーンは速度を上げて迫ってくる。乗組員たちは広い宇宙で人間が拠り所とする“理性”や“正義”が崩壊する極限状態に陥っていく。


 物語の主人公はケレンザから逃げてきた(元)カップルの少女ケイディ・グラントと少年エズラ・メイスン。二人のイチャラブメッセージトークが次々に起こる陰惨な出来事を緩和してくれる。とはいえ、スーパーハッカーケイディの活躍は目を見張るし、乗組員が狂気に踊るなかで常に仲間を思うエズラの行動は涙を誘う。二人は別々の船に避難しており、なかなか出会えない。絵文字入りのテキストでハニカミ混じりに自分の思いを伝える二人の恋愛はイマドキな感じだ。(たぶん?)


 物語の筋は、言ってしまえば、「マクロス」だし「2001年宇宙の旅」だし「ターミネーター」だ(し「コロッサス」だし「月は無慈悲な夜の女王」だし…)。とにかく類似した話はたくさんある。


 新しいのは物語の伝え方。小説式の語りという形態を捨てて、全てそれ以外のテキスト(と装飾)によって物語を伝えようとしたところが面白い。


 この試みは極めてゲーム的だと思う


 アクションRPGなんかで、フィールドを探索して、アイテムを集めたり、調べたりする。メインストーリーに関するものだけじゃなくて、無数のサイドストーリーの痕跡がアイテムに閉じ込められている。コンピューターをハックしてメールの履歴をのぞけば、モブキャラの1人がゾンビに襲撃される直前まで恋人とやり取りしていたテキストを読むこともできる。


 ゲームでは、メインキャラクターが1本のストーリーラインに従って会話するだけじゃない。プレイヤー自身がそこかしこに散らばったテキストを探し出し、自分なりにテキストを再構成することで、ゲームの世界観を作りあげていく。より深く世界観を構成できれば、メインのストーリーにも感情移入できる。どこまで掘り下げるかはプレイヤー次第だ。


 筆者自身はこの作業が若干苦手なほうである。ゲームに求めるものに拠るのかもしれないが、テキストを探し出すという行為にはなんらかの報酬が欲しい。逆に報酬のないストーリーには興味がない。アイテムをもらえるか、クエストを先に進めるためのテキスト以外はがんがん飛ばす。かたっぱしからNPCを調べるのはちいさなメダルが欲しいからである。


 「深く世界について知りたい」という欲求はあるが、その次に待ち構えている戦闘のことで頭がいっぱいで、ストーリーは二の次になる。ゲームってそういうことだろう、とも思うし。


 しかし、ゲーム的なストーリーテリング、つまり「テキストをたくさんちりばめてプレイヤーに世界観を構成させる」という形態は面白いし、マンガや映画みたいな受動的なメディアにはできないことだとも思っていた。


 この小説はそんなかゆいところに手が届く。


 とにかくテキストがたくさん詰め込まれている。本筋に関係することから、あんまり関係しないものまで。映画を2時間に収めるためにはオミットされるであろう報告書、ウィキペディアページ(作中ではユニペディア)、モブキャラ同士のチャットなどなど。これらのテキストを見返して、細かい日付や数字やテキストに注目すると、膝を打つ発見もある。


 ゲーム的なストーリーテリングの小説がこんなに面白いとは思わなかった。


 「小説が消滅するかも」なんて現代ビジネスの記事があったけれど、なんのなんの。たしかに散文による小説的ストーリーテリングは衰退傾向にあるのかもしれない。一人称だろうが、三人称だろうが、イメージや映像に比べると脳内で世界観を構成する作業がまどろっこしい。


 でも小説とは違う産業に目を向けてみると、たとえば制作費数百億円かけてつくられる昨今のゲームにはありとあらゆるところにテキストがある。会話文があり、状況説明がある。無数の形態のテキストがある。


 その無数の形態のテキストを使ったストーリーテリングを小説というパッケージにしてみたらうまくいった。本筋に関係あることもないことも大量に詰め込んだら、読者がおもしろがってくれた。


 この小説は未踏の試みではないかもしれないけれど、新しい可能性に満ちているものだと思う。DestinyとFalloutのこんな小説が出てくれたら面白いし、伊藤計劃にこういう小説を書いてほしかったなぁと思う。(ハーモニーは近かったかな?)


 最後にこの本の翻訳のすばらしさについて触れたい。テキストが縦横無尽に駆け巡るこんなテキスト群を(1ページや2ページじゃない)、デザインを損なわずに翻訳するのは至難の業だろう。


 美しい。


f:id:ktadaki:20171015180528j:plain