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大阪でベンチャーやってます

ベンチャー/スタートアップ(と時々趣味)に関する記事を書くブログ

『なぜ日本は<メディアミックスする国>なのか』 "動かないアニメ"がメディアミックスを生んだ

Mixed Media Painting (Detail) by Choichun Leung / Dumbo Arts Center: Art Under the Bridge Festival 2009 / SML.20090926.10D.54933.P1.L1flic.kr photo by See-ming Lee


メディアミックスとは何か。それは"コンテンツやキャラクターが複数のメディアを跨いで展開され、それぞれのコンテンツが物語の背景やキャラクターの設定を深化させる事象"である。メディアミックスは日本で特異なまでに発展した。アトム、綾波レイ、梨の妖精といった想像上のキャラクターが夥しいほどの種類のメディアで展開されてきた。

日本のメディアミックスの特異性


海を渡ったアメリカでも、"トランスメディア・ストーリーテリング"と呼ばれるメディア戦略がある。例えば『マトリックス』シリーズは、映画のヒットに始まり、ゲームになり、アニメになり、コミックにもなった。映画産業では"トランスメディア・プロデューサー"なる役職も生まれた。コンテンツを複数メディアに展開する手法は日本の専売特許ではない。


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しかし、日本のメディアミックスの進化はアメリカのそれをはるかに凌ぐ。特筆すべきは自由度の高さメディアの種類の多さにある。


トランスメディア・ストーリーテリングは、複数のメディアで1つの物語を補完するコンテンツを生み出す手法だ。『マトリックス』シリーズのゲームやアニメは映画では描かれなかった事件や人物に焦点を合わせ、『マトリックス』シリーズの世界観を拡張する。それぞれのコンテンツは連関し、連続している。


一方、日本のメディアミックスでは、1つの物語を補完するコンテンツが展開されるケースは珍しくないものの、連関性・連続性の無いコンテンツが許容される。シリアスな世界観を持ったコンテンツが、他のメディアではキャラクターがデフォルメされ、ギャグ作品として展開される。派生コンテンツがオリジナルコンテンツの世界観を破壊し、新しい世界観を生む。日本のメディアミックスでは、この誕生、拡張、破壊のサイクルが驚異的なスピードで展開される。


その土壌となるのが、メディアの豊富さだ。


書店やコンビニがハブとなりコンテンツの情報を載せた雑誌を販売し、テレビが広告や番宣含むテレビ番組を放送し、電車の中吊り広告がイベントを告知する。日本はメディアミックスの土壌となるメディアであふれ、メディアにのったコンテンツが日常風景に溶け込んでいる。当たり前過ぎるが故に、その特異さに気がつかないほどに。

虫プロダクションが生み出した"動かないアニメ"


『なぜ日本は<メディアミックスする国>なのか』の著者マーク・スタインバーグはこの特異な事象に気がついた。交換留学生として来日し、松本大洋や大友克洋や岡崎京子といった視覚文化(またはオタク・サブカル文化)を愛した彼は、このメディアミックスが日本という国で急速に発展した理由を、オタク・サブカル文化への愛と学者的探求心をもって解明を試みた。その結果が、前述の本の基となった博士論文『Anime’s Media Mix: Franchising Toys and Characters in Japan』である。


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スタインバーグによれば、その端緒は1960年代に手塚治虫の虫プロダクションがTVアニメ『鉄腕アトム』で成立させたリミテッド・アニメーションにある。


ディズニーアニメに憧れた手塚が、東映映画のアニメーターを引っこ抜き、虫プロダクションを始めたのが1961年。そして、日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』の制作を開始した。


映画作品と異なり、毎週30分のアニメを放送するには、時間的・経済的な制約が大きい。予算は少なく、アニメーターの数が限られている。ディズニーを頂点としたフルアニメーション(書き込み・動きのリアルさを追求したアニメ)への志向は虫プロが直面した現実と真っ向から対立した。


妥協点として見出されたのが、『鉄腕アトム』のマンガをそのまま動かすという発想だった。マンガのコマ割りをそのままカットワークにし、"動かないアニメ"、つまり、より少ない作画でアニメーションをつくる手法を編み出した。この手法が例えば"3コマ撮り"・"止め"・"引きセル"といったものである。


手塚はリミテッド・アニメーションについて以下のような発言をしている。

ぼくは、動いていないとアニメにならないかというと、そうではないと思っています。アニメは一種の映像だから、動いている動いていないに関係なく、なんとか見られればそれでいいだろうと思うのです。もちろん動いていなければ紙芝居になってしまうのですが、ちょっと動かして情緒を与えておいて、お客に話を見せていけば、動いていなくてもアニメになるだろうと思って、極端に絵を止めてしまったものがあるのです。ぼくのつくったアニメの中に、まったく動いていないものがあります。


出典: 『なぜ日本は<メディアミックスする国>なのか』P.61より孫引き


虫プロのリミテッド・アニメーションは、東映ひいてはディズニーのフル・アニメーションに対するもう一つのアニメーションの形を提示した。より少ない作画、加えてデフォルメされ書きやすく単純化されたキャラクター造詣でいかに重厚な物語を紡ぐか。大塚英志はここに、リミテッドアニメーションの技法の発展とロシア・アヴァンギャルドとの親和性をみる。


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ロシア・アヴァンギャルドの旗手、セルゲイ・エイゼンシュテインが提唱したモンタージュ論は異なる複数のカットを組み合わせることで意味を生み出す演出手法だ。リミテッドアニメーションは動かないカットを組み合わせ、この演出手法を踏襲した。そして、手塚が目指す"情緒を与える"アニメを試行錯誤した。ロシア・アヴァンギャルドと異なり、その動機は思想ではなく経済的な制約にあったが、"動かないアニメ"は物語を紡ぐ手段として大きく飛躍した。

メディアミックスの起源


リミテッドアニメーションは、その手法の改革によりアニメーション制作に大きな変化をもたらしただけでなく、思わぬ副産物を得た。作画スピードを上げるためにキャラクターやその動きをデフォルメしたことにより、他のメディアへの変換を容易にした。いわゆるキャラクタービジネスを可能にした。鉄腕アトムのテレビシリーズのスポンサーだった明治製菓は、アトムのキャラクターを描いたシールをマーブルチョコに付属した。このシールが爆発的にヒットしたのだ


スタインバーグはリミテッド・アニメーションが明治製菓のシールという他メディアへの拡散に成功した要因を以下のように分析する。

「アニメ」はそれ以前のメディアと違い、特定のメディアに縛られることがなく、視覚的に一貫したキャラクターのイメージを増殖できるようになった。なぜなら、TVアニメにおける静と動の特別な関係性によって維持されたイメージの一貫性が、キャラクターの増殖を支えたからだ。


出典: 『なぜ日本は<メディアミックスする国>なのか』P.82


一貫性という言葉がキーワードだ。キャラクターが他のメディアに展開される時、この一貫性に細心の注意を払わなければならない。マンガ作品が実写映画化される時、いかにイメージを損なわない配役が成されるかが興行的成功のカギを担う。一貫性を損なう恐れのある他メディアの展開は大きなリスクを伴う。


デフォルメされたキャラクターは容易に他のメディアに展開される。梨の妖精はアニメになろうとも、フィギュアになろうとも、饅頭の焼印になろうとも、一貫性を保つことができる。それだけ単純化されている。アトムが放送された1960年代、テレビの普及と共にテレビCMでアニメーションが採用されるようになり、あらゆる企業がデフォルメされたキャラクターをCMに登場させた。セイコウの『ニワトリ君』、森永の『モリナガ君』、資生堂の『パールちゃん』といったキャラクターが生まれた。アトムは新しいメディアにもっとも適合されたコンテンツであった。


アトム・シールと鉄人ワッペン―1963~1966

メディアミックスはガラパゴス化するのか


日本のメディアミックスの始まりはテレビが最先端のメディアだった時代にさかのぼる。それは日本最古のテレビアニメのプロダクションが時間と予算の制約を乗り越えるために生み出したリミテッド・アニメーションという技法の副産物である。そしてその副産物が、今日に至るまで、コンテンツ産業に大きな果実をもたらし続けている。


"動かないアニメ"は時にネットで揶揄されたり、時に"メタなギャグ"として使用されたりもするが、コンテンツ経済を支えるメディアミックスの根幹を成すものである。そして、日常のあらゆる場面にコンテンツが溢れる特異な環境を創り出した立役者でもある。


スタインバーグが指摘するところでもあるが、日本で特殊に発達したメディアミックスの現象が、メディアがネットでつながった現代社会においてどれだけ世界各国に広がっているのか(またその萌芽があるのか)は分からない。ひょっとすると、携帯文化と同じく、日本の特異な発展が"ガラパゴス"と揶揄されるように、異なる形でコンテンツ産業が発達していくのかもしれない。


そんなことにならないように、まずは日本発でデフォルメされた"リンゴのキャラクター"をつくるところから始めよう。


※5/25更新: タイトル、誤字脱字、画像を修正。