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ゲーム、映画、ときどき文学

【書評】イルミナエ・ファイル: ゲーム時代の小説、あるいは(たぶんこれからも) テキストは死なないということ

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 メルボルンで暮らすSF作家エイミー・カウフマンは新しい小説を書こうとしていた。2人のティーンエイジャーが銀河系間の戦争に巻き込まれるスペースオペラ。女子高生のハッカーがいて、気のいい男の子のパイロットがいて、宇宙戦艦を操る人工知能がいて、戦闘機が宇宙空間を飛び回り、ウィルスに感染したゾンビが戦艦内を跋扈する、楽しいものを全部ぶちこんだ小説だった。

 
 筋書きも設定もどこかで見たことのあるようなものだったが、1つだけ新しいアイデアがあった。小説を全てメール形式で書くということ。


 知り合いの同じくSF作家のジェイ・クリストフにこのアイデアを相談したところ、意気投合した。


 2人は一緒に地元のパブでメシを食べて酒を飲みながらアイデアを具体化していった。メールだけではなく、軍の報告書、監視カメラ映像、医療記録、人工知能の思考ログ、ポスター、Wikiのページ、散文以外のあらゆるテキストをごった煮にして小説にしよう。人工知能がナレーションしたらおもしろいんじゃねえの。テキストも色々デザインして…。よーし、なんかのってきたから一緒に小説を書いちまおう。


 というわけでカウフマンとクリストフが共同で書き上げたのが小説「イルミナエ・ファイル」である。


イルミナエ・ファイル

 
 本作はオーリアリス賞を受賞し、ニューヨークタイムズのベストセラー入り、プランBエンターテイメント(ブラッド・ピットの映画会社)とワーナーブラザーズが映画化すると書けば「すげぇ本が翻訳された」という感じは伝わると思う。

 
 唯一(にして最大)の難点は値段。税込み4,644円という値段は書泉ブックタワーで5回くらい棚から出したり入れたりした行為も許されるんじゃないだろうか。


 物語の筋はこんな感じだ。


 固定ジャンプステーションヘイムダルから34.5天文単位離れた惑星ケレンザでは、ウォラス・ウリヤノフ・コンソーシアムが違法的に高密度のヘリウムを採掘していた。その利権を横取りしようとベイテク・インダストリーズが大型戦艦4機を伴って侵攻。入植地を破壊する。攻撃から逃れた住民は貨物船コペルニクス、科学船ハイペイシャに乗り込み、戦闘を仲裁しに入った地球連合権威執行機関の戦艦アレグザンダーの先導のもと、脱出する。


 侵攻の事実を隠滅するために追撃してくるベイテク社の戦艦リンカーン。その猛追から逃げるアレグザンダー、ハイペイシャ、コペルニクスと数千人の乗組員たち。

 
 ケレンザの戦いによりアレグザンダーを制御する人工知能AIDANは損傷を受け、正常な判断(処理)ができなくなっていた。重ねて、避難民はベイテクが放った生物兵器によりウィルスに感染。リンカーンは速度を上げて迫ってくる。乗組員たちは広い宇宙で人間が拠り所とする“理性”や“正義”が崩壊する極限状態に陥っていく。


 物語の主人公はケレンザから逃げてきた(元)カップルの少女ケイディ・グラントと少年エズラ・メイスン。二人のイチャラブメッセージトークが次々に起こる陰惨な出来事を緩和してくれる。とはいえ、スーパーハッカーケイディの活躍は目を見張るし、乗組員が狂気に踊るなかで常に仲間を思うエズラの行動は涙を誘う。二人は別々の船に避難しており、なかなか出会えない。絵文字入りのテキストでハニカミ混じりに自分の思いを伝える二人の恋愛はイマドキな感じだ。(たぶん?)


 物語の筋は、言ってしまえば、「マクロス」だし「2001年宇宙の旅」だし「ターミネーター」だ(し「コロッサス」だし「月は無慈悲な夜の女王」だし…)。とにかく類似した話はたくさんある。


 新しいのは物語の伝え方。小説式の語りという形態を捨てて、全てそれ以外のテキスト(と装飾)によって物語を伝えようとしたところが面白い。


 この試みは極めてゲーム的だと思う


 アクションRPGなんかで、フィールドを探索して、アイテムを集めたり、調べたりする。メインストーリーに関するものだけじゃなくて、無数のサイドストーリーの痕跡がアイテムに閉じ込められている。コンピューターをハックしてメールの履歴をのぞけば、モブキャラの1人がゾンビに襲撃される直前まで恋人とやり取りしていたテキストを読むこともできる。


 ゲームでは、メインキャラクターが1本のストーリーラインに従って会話するだけじゃない。プレイヤー自身がそこかしこに散らばったテキストを探し出し、自分なりにテキストを再構成することで、ゲームの世界観を作りあげていく。より深く世界観を構成できれば、メインのストーリーにも感情移入できる。どこまで掘り下げるかはプレイヤー次第だ。


 筆者自身はこの作業が若干苦手なほうである。ゲームに求めるものに拠るのかもしれないが、テキストを探し出すという行為にはなんらかの報酬が欲しい。逆に報酬のないストーリーには興味がない。アイテムをもらえるか、クエストを先に進めるためのテキスト以外はがんがん飛ばす。かたっぱしからNPCを調べるのはちいさなメダルが欲しいからである。


 「深く世界について知りたい」という欲求はあるが、その次に待ち構えている戦闘のことで頭がいっぱいで、ストーリーは二の次になる。ゲームってそういうことだろう、とも思うし。


 しかし、ゲーム的なストーリーテリング、つまり「テキストをたくさんちりばめてプレイヤーに世界観を構成させる」という形態は面白いし、マンガや映画みたいな受動的なメディアにはできないことだとも思っていた。


 この小説はそんなかゆいところに手が届く。


 とにかくテキストがたくさん詰め込まれている。本筋に関係することから、あんまり関係しないものまで。映画を2時間に収めるためにはオミットされるであろう報告書、ウィキペディアページ(作中ではユニペディア)、モブキャラ同士のチャットなどなど。これらのテキストを見返して、細かい日付や数字やテキストに注目すると、膝を打つ発見もある。


 ゲーム的なストーリーテリングの小説がこんなに面白いとは思わなかった。


 「小説が消滅するかも」なんて現代ビジネスの記事があったけれど、なんのなんの。たしかに散文による小説的ストーリーテリングは衰退傾向にあるのかもしれない。一人称だろうが、三人称だろうが、イメージや映像に比べると脳内で世界観を構成する作業がまどろっこしい。


 でも小説とは違う産業に目を向けてみると、たとえば制作費数百億円かけてつくられる昨今のゲームにはありとあらゆるところにテキストがある。会話文があり、状況説明がある。無数の形態のテキストがある。


 その無数の形態のテキストを使ったストーリーテリングを小説というパッケージにしてみたらうまくいった。本筋に関係あることもないことも大量に詰め込んだら、読者がおもしろがってくれた。


 この小説は未踏の試みではないかもしれないけれど、新しい可能性に満ちているものだと思う。DestinyとFalloutのこんな小説が出てくれたら面白いし、伊藤計劃にこういう小説を書いてほしかったなぁと思う。(ハーモニーは近かったかな?)


 最後にこの本の翻訳のすばらしさについて触れたい。テキストが縦横無尽に駆け巡るこんなテキスト群を(1ページや2ページじゃない)、デザインを損なわずに翻訳するのは至難の業だろう。


 美しい。


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かつて「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」は革新の象徴だった

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 「ソニック・マニア」が8月16日にリリースされて、批評家もユーザーも絶賛している。Metacriticのユーザースコアは8.9で、BotWより高い。Steam版の配信で若干ごちゃごちゃしているが、販売は概ね伸びているようだ。


 一方日本はというとWikipediaのページも無ぇという状況である


 で、なぜこんなに海外(というかアメリカ)と日本でこんなに温度差があるのかというと、元祖ソニックが発売されたメガドライブの販売台数の違いが原因である。


 1989年、技術力と発想力が変態じみていたセガ任天堂が8ビットマシンで帝国を築いていたゲーム産業に16ビットマシンのメガドライブを投入した。


 「獣王記」とか「ファンタシースターII」とか渋いゲームを投入していたが、ヒット作には恵まれず、苦戦を強いられていた。

 
 セガ中山隼雄社長はアタリショック後の任天堂独り勝ち状態であったアメリカ市場に一石を投じるべく、支社のセガ・オブ・アメリカの社長の席に玩具メーカーのマテル社の社長を一本釣りで連れてきた。40を過ぎたばかりの若き経営者トム・カリンスキーである。


 マテル時代のカリンスキーの実績はというと、バービー人形のラインナップを増やして売り上げを増やしたり、アメリカ屈指のスーパーヒーロー「ヒーマン」とそのコミックシリーズ「マスター・オブ・ジ・ユニバース」を開発したりした。変なMADで有名な「ヒーマン」の生みの親である


www.youtube.com


 カリンスキーが社長に就任した直後のセガ・オブ・アメリカは荒んでいた。任天堂にこっぴどくやられ、期待のハード機メガドライブ(アメリカでは名称はGENESIS)の売り上げは伸びず、会議では罵詈雑言が飛び交う。日本のセガ本社からは「サージェント・カブキマン」なるC級コメディ映画の版権を取りに行けなどと狂った指示が飛んでくる。


 この時代の任天堂は圧倒的だった。強固な小売り店ネットワークを有し、アメリカ全土でファミコンを供給していた。


 開発業者は手数料も支払いタームも圧倒的に不利な条件の契約を結んでファミコンゲームを制作していた。誰も任天堂に逆らえなかった。


 そんなゲーム産業に革命をもたらしたのが、青いハリネズミのキャラクターである。


 原案はデザイナーの大島直人とプログラマー中裕司。もともとの名前は「ミスター・ニードル・マウス」、それが「ソニック」に代わり、セガ・オブ・アメリカのスタッフがキャラクターに生えていた牙を抜いたり、巨乳の人間のガールフレンドを間引いたりして、最後に「ザ・ヘッジホッグ」というフルネームを与えて、今のソニックが出来上がった。


 セガ・オブ・アメリカのカリンスキーは大島と中が作り上げた新作ゲーム「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」が革新的で最高のゲームだとみなして、ソフトの発売を機に任天堂に戦争をしかける。


 1991年の8月、任天堂が16ビットの最新機スーパーファミコンをアメリカで販売開始する時期を見計らい、セガ・オブ・アメリカはその前後3か月間にメガドライブの販売キャンペーンを展開する。メガドライブに「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」を同梱し、スーパーファミコンが普及する前にセガのハード機を市場にばら撒くという作戦だった。


 キャンペーンのうたい文句は「卒業したらGENESIS(メガドライブ)」。子供から圧倒的支持を受ける任天堂と差別化を図るために、クールで、先進的で、型破りといったブランドイメージを作り上げた。それを体現するのがソニックというキャラクターであり、彼が繰り出す超スピードのアクションは他のどんなゲームでも真似ができなかった。

 
 キャンペーンはセガ・オブ・アメリカの予想をはるかに上回る効果を上げた。キャンペーン開始直後から「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」同梱のメガドライブは数万台というペースで売れ続けた。結果、メガドライブは1995年までにアメリカのハード機シェアの半数以上を獲得し、2,000万台という台数が売れた。メガドライブの日本での販売台数が360万台くらいなので比べ物にならない。


 アメリカ人にとってソニックはみんなが知っているキャラクターなんである。


 日本ではアメリカほどの人気はないソニックだが、筆者にとっては結構思い出深い。


 1998年のドリームキャストローンチタイトルの「ソニックアドベンチャー」は驚愕だった。あの超スピードアクションを3Dワールドで実現できるなんて思ってもいなかったところに、定番のバネアクションや一回転するアクション、床が傾く戦艦での戦闘など、信じられないような技術が詰まっていたゲームだった。BGMも超かっこよかった。


 マスターシステムゲームギアメガドライブ、サターンとセガハード機を追ってきた筆者は、「ようやくセガの時代が来たんやで! やっぱりソニックが天下とるんや!」とめちゃめちゃ興奮していたことを覚えている。


 まあその結末は言わずもがな…。


 「ソニックマニア」は懐古的なタイトルだし、日本で流行らないのはしかたない。けど、新作「ソニックフォース」はもう少し盛り上がるかな。


 あ、Wikipediaページはないけど、ニコニコ百科ページがあった。


dic.nicovideo.jp

CEDEC 2017の任天堂セッションが神回だった

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 CEDEC2017の「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」(BotW)のセッションに行ってきたのだが、すこぶる面白かった。


 いくつかセッションがあったが、見に行ったのはテクニカルディレクターの堂田さんとアートディレクターの滝澤さんのセッション。内容は、いかにBotW世界の"空気感"を3Dグラフィックスによって表現したのか。

 
 発売前はグラフィックスについてなんやかんや言われてきたBotWである。発表のたびに、写実的な路線から抽象化されたグラフィックスに変化していき、同時期発売のゲリラゲームズの「Horizon Zero Dawn」と比較されてきた。


 蓋を開けてみれば、BotWのグラフィックスは素晴らしかった。澄んだ水の表現、雨の後のムっとした空気の表現、遠くにある靄のかかった山々の表現、すべてがハイラルの世界を彩り、プレイヤーを魅了した。


 アートディレクターの滝澤さん曰く、重視したのは"空気感"だった。写実的に描写された山をワールドに配置しても、実際の距離にして京都市ほどの広さしかないハイラルから見上げれば、小さくて見すぼらしい山に見える。しかし、靄をかけて部分を隠し、距離に応じて色の濃淡を変えれば、荘厳な山に見える。彼は実家に帰省する際に車中から見える山を深く観察して、BotWのアートワークを作ったそうだ。



 アートサイドからの要望に応えるのがテクニカルサイドの堂田さんたちの仕事で、この"空気感"を演出するために、環境にレイヤーをかけるパラメーターを200近く用意した。砂漠に行けば砂が舞い、部屋に入ればガラス越しの自然光があたりを照らす。近景・中景・遠景それぞれを気候・時間といった要素に応じてオブジェクトを彩るパラメーター群。


 アートサイドとテクニカルサイドは社内の掲示板を用いて"絵を用いて"コミュニケーションを取り合い、グラフィックスをブラッシュアップしていった。オープンワールドで今までにない自由度のゲームであり、ゲーム進行に併せてリアルタイム、インタラクティブにグラフィックスを描写していかなければならない。ハードの性能もある。ゆえに制限は多い。


 写実的なグラフィックスが開発が進むにつれて変化していったのも、この制限を乗り越えるためだったのだろう。


 とはいえ、堂田さん・滝澤さんが強調していたのはグラフィックスの目的を見失わないこと。"空気感"のグラフィックスはハイラルの世界に降り立ったプレイヤーを引き込む演出である。方法はどうあれ「あそこに見える山に登りたい!冒険をしたい!」という欲求を掻き立てればよいのだ。そして、BotWは制限を乗り越えて見事にそれを実現した。



 なんやかんやで3Dグラフィックスというと、日本の技術は海の向こうに比べてショボいんだろうなぁ…というイメージがある。グラフィックスに関してはアクティビジョン、EA、ベセスダから出てくるゲームには勝てんよね…と反射的に思ってしまう。


 でもなんのなんの、任天堂すげぇよ。3Dで、オープンワールドで、こんなところまで来てんじゃん。Horizonも良かったけど、このグラフィックスの方向性はゼルダシリーズにしか出来ないよ。新しいハードのローンチタイトルに相応しい、知恵と工夫にあふれた最高のタイトルだった。


 セッションは1時間ほどだったが、プレゼンテーションに詰め込まれた情報とノウハウに圧倒されて、気が付いたら終わっていた。お二人のしゃべりも素晴らしかった。


 マジで神回だったので、1セッションしか出られなかったことが悔やまれる。


 任天堂さん、全部のセッションをDVD化してください。ゲームに関わる人、たぶん全員買います。